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[3851] 新刊紹介>『虫の名、貝の名、魚の名』>東海大学出版会 
2002/12/12 (木) 22:34:54 小西英人HomePage
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 東海大学出版会から『虫の名、貝の名、魚の名−和名にまつわる話題』青木 淳一,奥谷 喬司,松浦 啓一編著 というのがでたので紹介しておきましょう。ああ、本体価格は2800円です。

 これは書名の通り、虫、貝、エビ・カニ、イカ、魚などの標準和名をめぐる話題を扱っています。

 魚の名を書いているのは日本魚類学会の松浦啓一、佐藤陽一、瀬能宏博士たちです。松浦さんは和名をめぐる四方山話、佐藤さんは、博物館から見た差別的和名をどうするかという話、瀬能さんは、魚の標準和名の歴史など概括して、提唱法のガイドラインをまとめています。

 この佐藤さんと、瀬能さんの話は、2000年の魚類学会での和名シンポジウムをふまえています。

 あまり、標準和名が語られることはなく、どういうものか、ほとんどの人が知らないと思うので、読んでみたらいいと思います。

 このときの和名シンポジウムを、ぼく、『怪投乱麻』で書いているので、最後に転載しておきましょう。

                           英人

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標準和名。紳士協定なんだけどな


魚類学会
「魚の和名を考える」シンポジウムの巻


■ぼくは、このごろメジナと表記したり「ぐれ」と表記したりする。クロダイなら「ちぬ」である。シロギスなら「きす」である。そう書き分けることが多い。なぜかは分かると思う。標準和名を片仮名表記、あと地方名、釣り人の俗称、流通名などは平仮名表記か漢字表記にするように心がけているのだ。標準和名というものを、文章の中ではっきりさせるためである。
■それなら「標準和名」って、どんなもので、どこで決めているか、ご存じだろうか?
       ■
■標準和名の定義は……ない。どこも決めていないし誰も決めていない。正式なルールはまったくない。研究者でさえ、標準和名のことを正式名称とか、学術的な名称とか、つい説明してしまう人がいるので、当然、どこかできちんと決めているのだろうと思われるが、まったく何もないのだ。正式もしくは学術的な魚の名称とは、あくまでも学名である。国際動物命名規約で厳密に定義されたラテン語の二名法で表記するのが学名であり、正式な動物の名前である。日本魚類学会では学名しか扱わず標準和名などは「ほうっておいたら」よいという「感じ」がいままで大勢をしめていた。
       ■
■話を簡単にしよう。「標準和名」とは「考え方」であって、ルールはまったくない。しかし学名では名前が普及しないし、教育上もよくないので研究者たちは学名とともに標準的な和名を提唱してきた。それが標準和名である。一九一三年(大正二年)に出版されたジョルダン、田中、スナイデルの『日本魚類目録』で日本産すべての魚類に標準和名をあたえる試みがなされている。このとき東京帝国大學の田中茂穂博士は、海水魚は東京魚市場の名称、なければ神奈川県三崎の名称、淡水魚は琵琶湖沿岸での名称を用いるようにしている。東京の呼び名のメジナと琵琶湖の呼び名のオイカワが標準和名になっているのを不思議がる人がいるがこういう理由である。だいたいこの『日本産魚類目録』(原文は英語)から魚の標準和名という考え方が始まったと思っていい。それから研究者たちは「標準的な和名」を、さまざまな「出版物」に載せるようにしてきた。
■標準和名の定義らしいものがあるとすれば、出版物により提唱されて安定してきた、ひとつの和名…であろうか。その提唱の時の考え方は、あくまでも研究者の「紳士協定」のような暗黙のルールで培われてきた。それが日本では、非常に安定したものになっており、標準和名と呼ばれるものになっている。
■詳しくは書かないが厳密なルールのある学名は、その厳密さゆえ変更が多い。ゆるやかな和名はその曖昧さがゆえに、非常に安定している。マダイの学名は、いつ変わるか分からないけれど、マダイの標準和名が変わることはあり得ない。また、マゴチの学名はなく正式には「いない」魚なのだが、マゴチという標準和名で研究者も釣り人も共通に認識できる。その和名を学名のように厳密に扱うと、かえって標準和名が不安定にならないかという恐れもある。
       ■
■標準和名は「紳士協定」だと書いた。もうひとつの性格があってコンピュータ業界などでよくいわれる「業界標準」的でもある。「業界」とは「学会」ではない。「出版により提唱」されながら安定していくのだから「出版業界」なのである。出版することにより和名を提唱し安定させなければならないのだから出版社の責任は重大である。週刊釣りサンデーも魚類図鑑を出版しているから、これに関しては重大に考えているし、そのためにこそ、ぼくは魚類学会に入り顔を出すようになった。ところが、日本を代表するような出版社の図鑑類の編集責任者でも、この認識はない。ふつうの釣り人と同じ、どこかで決められているんだろう、研究者がやればいいことだという認識なのである。出版にまったく責任はないと考えている。それで平気で新しい魚だからと和名の新称の提唱をしてしまい大混乱におちいる。それで一九九五年の日本魚類学会シンポジウムでは神奈川県立生命の星・地球博物館の瀬能宏博士が、学会で標準和名のガイドラインを起案することを提唱した。しかし学会は和名には関与しなかった。
       ■
■十月九日、今年度の魚類学会シンポジウムは標準和名に絞ったテーマになった。「魚の和名を考える−差別的名称をどうするか」である。瀬能博士と徳島県立博物館の佐藤陽一博士がコンビナーになり、水族館からは串本海中公園センターの内田紘臣博士、また「人権からみた生きものの名称」で大阪人権博物館の朝治武さん、「視覚障害者からみた差別的名称と展示について」で手でみる博物館の桜井政太郎さんが話題を提供して、活発な総合討論がなされた。
■イザリウオ類、メクラウナギ類などの、差別的な名称をどうするのかというのが、このところ問題になっていた。ところが定義もルールもない標準和名の場合、そういう差別的な名称が問題になっても、検討もできないし、改称もできない。
■ぼくも連載中の『似たモン魚譜』のイザリウオの項で、イザリウオの語源説には二説あり、海底を這う格好から膝行だという説と、吻のうえの「ルアー」で小魚を「釣って」捕食するから漁(いさり)魚からきたという説があると書いた。そして魚名の安定性と教育的な配慮からイザリウオをイサリウオに改めるようなことも考えてはどうかと書いた。改名するかどうかはおいておいても、いま、こういう議論をする場所さえない。
       ■
■朝から夕方まで白熱した議論が続いた。結論として、魚類学会の中に「標準和名委員会」のようなものをつくり、和名の定義と提唱や変更についてのガイドラインを議論する場を設け、学会内だけではなく、広く意見を聞きながらすすめましょうということになった。これは研究者たちが社会に対して「標準和名」まで責任を持ちましょうと宣言したことにもなる。このことによる研究者の負担というのは想像以上に大きいのだ。
       ■
■それぞれの地方でそれぞれの魚名をつかい、愛着を覚えるのは当然だ。しかし、せっかく研究者が踏みだしてくれたのだから釣り人も「標準和名」をきちんと考え、理解して欲しい。そして「それぞれの名」が標準和名と対応できるようにしてほしい。そして不適切な和名は、適切な和名になるように、みんなで考えていきたいと思う。

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