2000年9月 8日

五ヶ瀬にときめくこと

国道から田の中を走る道にそれ、軒の低い家が立ち並ぶほこりっぽい街道を
抜けて青い川面が見えてきた時、胸を衝かれる思いがした。

6月1日、解禁日以来の五ヶ瀬川。その日以来の鮎釣り。
ひと月遅れといわれていた鮎も、そろそろかなというわけで何気なく出かけて
きたのだったけれど、川面を見るだけで、こんなに胸が苦しいほどにときめく
とは思わなかった。

ほほえましい地元びいきであるとしても、たび重なる大水で石が減り、濁りに
もだいぶ弱くなったにしても、ぼくは五ヶ瀬川は日本一の鮎川だと思っている。


産卵床で瀬掛けをしようが、大きなヤナが三つもできようが、春になると毎年、
おびただしい遡上を約束してくれる川。
大川なのに水も良く、鮎はいつまでも若く、朝瀬、昼トロ、夕チャラ、教科書
通りのところに思った通りの鮎がいてくれる川。
綾北川にはかなわないまでも、素敵な芳香の鮎を育ててくれる川。
釣り人が増えたといっても、平日ならば一人一瀬の釣りができる川。

その五ヶ瀬も、いつでも行けるとなると、また話は贅沢になってくる。
お盆過ぎの、下渡の瀬肩の、鏡の浅トロ。午後5時。
というのが、ここ数年のお気に入りであって、どうかするとその時期の
その場所だけが頭にあって、ほかはおまけになってしまう。

現に今年は、解禁日以来、鮎釣りそのものをやっていなかった。
熱がさめてしまったわけではない。いつも頭には、
夕暮れの下渡の鮎が泳いでいた。

あたり一面に、ぎらぎらとヒラを返す野鮎。
そこを素晴らしい勢いで走るオトリ。操作も何もない。いけいけで走らせれば、
糸鳴りとともに引き込まれる竿先。
目印が見えなくなり、森が黒くなるまで続く熱狂の時間・・・。

下渡の瀬には、昼過ぎに着いた。
ここの瀬落ちには、胸まで立ち込んで、10mの竿で届くか届かないかという
ところに(しかも渇水時で、かつうまい人でと条件つきで)、黒く見える馬の
背があり、そこに巨鮎がひそんでいる。
うまい人は、いきなりこんなところを釣りはしない。
もう少し下手の、瀬落が開けてゆったり流れるあたりからオトリを横か上に走
らせて、ぽつぽつと野鮎を拾い、さらに瀬肩から瀬の中を釣り下がって、ゆと
りが出てきた頃に、半分は余興のつもりでやってみるようなところだ。

ところがこちらは、何しろ鮎釣りそのものがひさしぶりなのであって、しかも
もともとは瀬の人間であり、それも深くて押しの強いところが好きなので
いきなり、そこへ入ってしまう。

どん、と入れれば、ガンとくるはずだ。
どん、の、ガンである。

のだけれど、これがなかなかオトリが入らない。
養殖ではこんな瀬を横切ってくれないということすら忘れている。
仕方なしにぶん投げてみたら、それでも届かず、しかも一発でエビになった。

昔なら、このまま熱くなって、いつまでも粘るところなのだけれど、さすがに
最近は、多少はハマリのパターンがわかってきているので、瀬肩へ向かって、
石だらけの川原をてくてく歩く。
渇水で干上がった石のすべてが、ぴかぴかに磨かれている。確かに鮎は多い。

すねくらいまでしかない浅トロで、竿を伸ばしてメタルをナイロンに張り替え
ていたら、後ろから
「JUNさん」
と呼ぶ声がする。

振り返ると、風にふるえる緑の草原と青空を背景に、土手の上に
ゆうぐれなさんが立っていた。まあ、ほんとは草原ではなくて畑なんだけどさ。

二人並んで釣り始める。
西の山の同じ場所に、入道雲が三つ、現れては空にまぎれて
また新しい雲が湧く。
カジカの声と、ヒグラシの声。そして瀬音。
なんか絵日記みたいな日だなあ。
やっぱ、鮎はいいなあ。

ほどなく目印が揺れて、ちょっといい型の野鮎が掛かる。
さすがに夏の鮎で皮は硬そうだけれど、まっ黄色で香り高い。

ぼくは鮎に入門して以来、イカリというのは数ヶ月しか使ったことがない。
1本鈎で仕掛け、初期から終盤まで通している。自慢ではないが人様に勝った
ことがない。
でも、1本鈎の背掛りの鮎を取り込むのが愉しい。何ともいえない充実感があ
る。
これは、ごくごく個人的な、誤解をおそれずにいえば美学の領域なのだろう。
胸ポケットから煙草の箱を取りだすだけで根掛りをしてしまうような仕掛けは、
ぼくには向いていないということもある。

しばらく入掛かりとなった。
オトリを手元から放すだけで、あとはいけいけでいい。
快速で飛ばすオトリに、そこら中から野鮎が突っかけてくる。
ぴゅー、の、ごん。
しゅー、の、がん。
を繰り返して、石に座ったまま7尾釣ったところで、目の前の瀬肩に
地元のおいちゃんの釣舟がやってきた。

なるほど。釣れなくなった。
夕方5時の、熱狂タイムを楽しみにじっと長く釣れない時間を
耐えていたけれど、釣舟が去った後も、とうとうそれはやってこず、
結局7時までがんばって2尾追加しただけだった。

ゆうぐれなさんは、上手のトロ場で25尾。
腕の差ともいえるし、釣舟がこなかったらもう少しなんとか、
ともいえるけれど、もともとこちらは隣近所に配るほどの甲斐性はあきらめているので、
9尾なら立派なもの。

まあ、ひさしぶりだからな。
次の日曜日は、やすひこさんと五ヶ瀬だ。

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