2005年6月11日

映画>ベン・ハー

自宅で4時間の映画を観るのは無理だと悟った。今回は昨夜、2回に分けて上巻を観て、下巻は今日の午後、昼食をはさんで観た。しかもソファに寝転がってだ。こういう観かたをしていて何が映画だといわれても、しみましぇんと謝るしかない。

なんか、のめりこむというよりも、向こうで一所懸命やってるのを、こちらは、ほうほうとやや距離を置いてみる感じになってしまう。これは大長編でなくても同じなのだろう。だから、部屋を暗くして、周囲のよけいなものを見えなくすることで画面に向かう環境を整えるプロジェクターが、せめてもの映画に対する態度なのだろうとも思う。

それはそれとして。

1959年当時、この映画に1500万ドルを投じたMGMは、ほんとうに社運をかけて制作に臨んだようだ。「これがコケれば、MGMは駐車場になっていただろう」と主演のチャールトン・ヘストンが述懐していた。

黒澤明が「ぼくの映画なんてベン・ハーの1シーンにも及ばない」と、彼我の物量差を嘆いたそうだが、そのMGMにしても予算を削って削って、なおかつこれだけのものになってしまったのだから、むしろもともとの発想の土壌の差とか、ほんとうに社運を賭ける勇気の差とかの方が、大きいのかもしれない。

ためしに59年当時、日本でこれを作ればいくらかかるか計算してみた。当時、1ドル約360円だから単純計算すると54億円になる。昭和34年と平成12年の消費者物価指数の比は約6倍。公務員の大卒初任給で比べると12倍くらいだ。間をとってざっと8倍としてみると、今の基準でも430億円くらいの映画になる。これで元をとろうというのだから、太い話ではある。

ローマ帝国時代のユダヤの王子、ジュダ・ベン・ハーと、かつての友人で敵役となるローマ軍の司令官メッサラを軸に話が展開する。主役の一人、イエス・キリストは後姿しか描写されない。メッサラ役のスティーブン・ボイドという人は、ちょっと秋山準みたいで小憎らしくてよかった。元奴隷で主人公の恋人となる心優しき娘を演じたハイヤ・ハラリートは、すごく良い女優だと思ったけれど、この作品以外ほとんど出ないまま家庭に入ったそうな。もっと観てみたかった。

原作は1880年、ルー・ウォーレスというアメリカの政治家。2年後に舞台化され、1925年にはサイレント映画にもなっている。こちらも傑作という噂。アメリカにとっては歴史的大古典といえる作品なのかもしれない。しかし、まあ、ウイリアム・ワイラー監督。話には聞いていたけれど、ものすごい完璧主義者の模様。これだけの超大作なのに画面に寸分の隙もなし。

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