2005年7月14日

スイングするということ

レスラーの才能について考えていくと、「間」というものに行き当たる。これは今さら、ハリー・レイスが馬場のボディスラムを受けて立ち上がる時の、あのゆるい間のことではなく、ハンセンのエルボーを受けた猪木が、リング下に降りてしばらくやり過ごす、あの間のことでもない。もちろん、西村修がインディアン・デスロックに入る前の、ふとあたりを見回すような間のことでもない。

ジャズでいうスイング感は、譜面にはどうしても表せないものだが、それがあるリズムと音階の構成によってもたらされることは間違いない。単に裏ノリとかシンコペートとかタメとかいうものではなくて、ひとつの音と音のすきまにある言葉にできない何物かが、スイングの本質であり、ジャズの本質でもある。また、時にプロレスがみせる飛躍の瞬間の本質もそういうところにある。優れたレスラーは言葉も音階も楽器も持たず、おのれの肉体と相手の肉体と観客の関係性の中だけで、それをめざそうとする。

それは才能と呼ばれたり、時に血と呼ばれたりもするのだけれど、ジャズもプロレスもひとつの様式である以上、訓練によってある程度のところまでは近づくことができる。だが、訓練だけではどうしようもない領域があり、もともと最初からコケている者も出てくる。

また山下洋輔から引くと、まずいジャズマンはイモと呼ばれる。さらにまずいのは、サバだ。もっとまずいのはジキコで、さらに三流、サラリーマンと続く。ほんとかどうか定かではない。サラリーマンの方は怒るだろうが、ひっくり返ってもサラリーマンにはなれないジャズマンの、屈折したココロの反映として受け止めてほしい。とにかく、スイングしないジャズマンはそのくらいおとしめられ、イモという言葉自体が、あの忌まわしき土地モルドールのように、決して日常の中で口にされることはない。生涯イモを食わないと誓いを立てたジャズマンも多いだろう。

一方、プロレスはしょっぱいレスラー=イモに対して、もっとずっと寛容だ。各団体に2人か3人は、進む道を間違えたというような、どうにもしょうがないレスラーがいるものだが、それでも彼らには試合が与えられ、ドタバタとリングを走り回りながら、観客とともにプロレスの一部として何かの場を構成している。

肉体的、精神的素質に恵まれず、スイングする才能がとぼしくても、それはそれで生きていける道があるのがレスラーかもしれない。一方、もともとの素質があってスイング感が欠落している者は、しょぼさが目立つだけにむしろ厳しい。安田忠夫における「借金王」のような、何か特別なキャラを立てなければ、存在するすきまがなくなってしまう。

安田忠夫の再三にわたる遅刻、欠勤、逃亡は、巷間いわれるようにバクチ好きでだらしない性格という以上に、おのれのしょっぱさを直視できない弱さによると、ぼくは理解していた。いくらなんでも、バンナに勝った男としての強さを、ふやけたタイガー・ドライバーと、高校生が体育館でやるようなダブルアーム・スープレックスと、ゆるいスピアと金的蹴りでしか表現できないレスラーを、そういつまでも続けていられるものでもない。そうした安田忠夫の弱さもまた、プロレス的ではある。それはそうと、誰かあの柳澤龍志に何かキャラを立ててやってほしい。「強姦魔」か。ちょっとちがうなあ。

このように、プロレスにおけるスイング感は、レスラーにとって絶対条件ではないけれど、やはり才能ある者はそれをめざすべきであり、観客もそれを求める視線を持つべきだろうと思う。残念ながら新日本には、特にヘビー級の選手にはそれが薄い。棚橋弘至や中村真輔の才能は疑うべくもないけれど、ジャズの世界でいえばまだ楽器のうまいボーヤに近く、クリフォード・ブラウンではない。

永田裕志、天山広吉、中西学のトップ3の試合に吹く隙間風にも、そろそろ耐えられなくなってきた。スイングどころか、プロレスになっていない瞬間を埋めることができないこともある。これは観る側にとってつらいことだ。

だから山本小鉄のいうように「戦い」に戻れという考え方も出てjきて、確かにそのコンセプトは鈴木みのるという素敵な果実ももたらしたのだが、それだけでは収まらないのもまた、プロレスの奥深いところだ。今、ぼくが邪道/外道とともにもっとも好きなタッグチーム、小川良成/リチャード・スリンガーは、ことさらに戦いを強調するスタイルではないけれど、見事にスイングしている。彼らがマイケル・モデスト/ドノバン・モーガンと、ベストな試合をやる気組みでやるのなら、何をおいても観たい。予定調和と、そこからの飛躍という矛盾過程的な統合がそこにはある(ほんとか)。

一晩に一試合、名勝負を観るのは無理だ。だが、一晩に一回くらいはプロレス的スイングの瞬間はあるはずだ。せめて、それを見逃さないようにしたい。

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