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[2303] 棘鯛の系譜5>ナンヨウチヌ 
2002/9/15 (日) 09:16:36 小西英人
 棘鯛の系譜の最終回、その5を転載します。ナンヨウチヌです。

 いま、家にいるので、ナンヨウチヌの画像は送れませんが、画像はまた、後でいれることにしましょう。ちょっと変わったチヌですよ。お楽しみにね。

 そうそう、これを書いたとき、フォシュスコールのことを知りませんでした。あれから西村三郎の『リンネとその使徒たち』を読んだりして、フォシュスコールの dry skin という標本が、どんなものか、ちょっとだけ知りました。そのことをここ【さかなBBS】でちらっと書いたことがありますので、その部分だけ引用しましょう。

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 (前略)
 そうそう。いちおう液侵標本としましたが、学名を決める『国際動物命名規約』に標本の種類は規定されていません。わかれば何でもいいのです。たとえば1775年に出版されたフォッシュスコールの標本類は、コペンハーゲン大学動物学博物館にあって「フォッシュスコールの、せき葉標本」とあだ名されています。魚類の「押し葉標本」ですね。魚の皮をはいで紙に挟んで乾燥させた物です。

 スウェーデン人のフォッシュスコールは、あの分類学の創始者、リンネの弟子の一人で、デンマーク王室が派遣した、世界で初めてのアラビア学術探検隊に参加して、紅海を調査し、31歳でマラリアにかかって客死したのです。彼の標本類は死後に整理され、出版されたのですが、アルコールに漬けた液侵標本類は、管理ができず腐敗したりして遺棄されてしまい、皮だけが残ったのです。

 江戸時代の、そんな若造の博物学者がどないしてんといわれそうですが、彼の死後出版された『諸動物の記載』(1775年)で初記載され、日本産魚で、いまだに有効な学名だけで61種もあります。彼の業績をたたえて、その日本産魚のリストを掲げておきます。これらの魚の完模式標本(世界でただ一つの、学名を担える標本の意味です)は「押し葉」なのです。

トンガリサカタザメ
ツカエイ
ヒョウモンオトメエイ
ハモ
オオイワシ
オキイワシ
サバヒー
ホシザヨリ
ウケグチイットウダイ
ヨゴレマツカサ
アヤメエビス
トガリエビス
クロハタ
ユカタハタ
オオモンハタ
アカハタ
アカマダラハタ
ヒトミハタ
バラハタ
コトヒキ
ホウセキキントキ
モトギス
クロボシヒラアジ
コガネアジ
クロヒラアジ
ホシカイワリ
ロウニンアジ
コガネシマアジ
イケカツオ
セイタカヒイラギ
ゴマフエダイ
バラフエダイ
ニセクロホシフエダイ
ヒメフエダイ
ヨスジフエダイ
マダラタルミ
ミナミクロサギ
エリアカコショウダイ
ホシミゾイサキ
マトフエフキ
ハマフエフキ
タテシマフエフキ
ヨコシマクロダイ
ナンヨウチヌ
ヘダイ
ミナミヒメジ
テンジクイサキ
ナンヨウツバメウオ
ツバメウオ
トゲチョウチョウウオ
シマスズメダイ
フウライボラ
タイワンメナダ
カマスベラ
キヌベラ
ヒブダイ
ブチブダイ
オウムブダイ
ハゲブダイ
ナガニザ
テングハギ
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                           英人


■『釣魚図鑑』(小西英人・2000年)より転載
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魚あれこれ■棘鯛の系譜5

紅海でマラリアに倒れる。悲運の博物学者を想う
ナンヨウチヌ■


■インド洋太平洋の覇者


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■思わぬところで思わぬ人に出逢うことがある。思わず心ときめいたりしてね。
■釣り人の場合、それが、いい女ではなくて、いい魚だったりする。それで、心ときめきまくったりするんだから、ほんとツリビトって変な人種だなあと思う。まさしくそれだった。ぼくとナンヨウチヌとの出逢いは。
            ■
■Field Guide to the Freshwater Fishes of Tanzania.
■そんな図鑑を眺めていた。英語って長ったらしくて厭だ。長くなけりゃ読んでやってもいいのだけど。『タンザニア淡水魚の野外案内』と日本語なら簡単なのに。とにかく、そういう図鑑をぱらぱらとくって眺めているとタイ科 Sparidae という言葉が眼に飛びこんできた。
■クロダイ属 Acanthopagrus この連載タイトルにもしている「棘鯛」という言葉まで眼に飛びこんでくる。
■ええっ!
■淡水魚の図鑑とちゃうのん。アフリカのタンザニアの図鑑とちゃうのん。なんでやのん。
■Acanthopagrus berda (Forsskal,1775)
■学名はこう書かれていて、国連食糧農業機関名はピクニック・シー・ブリーム。地方名はクング。国連食糧農業機関名というと、たいそうだが FAO Namesといって、FAOが英語、フランス語、スペイン語で決めている名前のことだ。FAOはいま世界中の魚のカタログを世界中の研究者に委託しまとめつつある。日本は標準和名という「考え方」があるが、外国ではあまりなく魚名は混乱している。「標準世界名」のようなものが国連食糧農業機関名になるだろう。この図鑑もFAOがだしている。
■そんなことはどうでもいい。眼が釘付けになってしまったのは、最大寸法だ。75pとある。
■淡水に75pもあるクロダイ属がいるのか?
■しかし、そのあとには…普通30pとも書いている。汚いぞ。その手は桑名の焼き蛤だい。
            ■
■日本の図鑑で調べてみて、またまたまたまた大びっくり。それはナンヨウチヌだったのだ。
            ■
■日本では西表島以南にしかすまないクロダイ属で、鱗が大きく、体高が高く、ぬめっとし、尾鰭の後縁はハート形のように切れ込み、なんというか、日本産のクロダイ属の中では、いちばん「変」な黒鯛である。
■クロダイ属で、よく問題になる背鰭棘条部中央下側線上方横列鱗数は3.5枚、それで鱗が大きく見える。キチヌと同じだが、キチヌは琉球列島にはいないので間違えない。また、キチヌの臀鰭は、中央が黄色か淡色だが、ナンヨウチヌは暗色になっている。淡水性が強く、西表島でも、マングローブ林から河の中に多いようだ。日本では、ほとんど知られていない変な黒鯛なのだが、世界で見るといちばん広く分布し、いちばん古くから報告され、いちばんよく知られていた黒鯛なのだ。台湾、香港から東南アジア、オーストラリアの東岸、北岸、西岸、インド洋、紅海、アフリカ東岸まで、インド洋と西太平洋のほとんどを制覇したのがナンヨウチヌなのだ。
            ■
■2000年1月1日から、かちっと音をたてて動きだしたものって知っているだろうか? 2000年問題ではない。
■ICZN,1999 だ。国際動物命名規約の第4版が1999年に出版され、2000年1月1日から「かちっ」と発効した。
■国際動物命名規約・第4版。International Code of Zoological Nomenclature,Fourth Edition.略称が ICZN,1999 英語とフランス語で書かれた、この書物こそが、すべての動物学名を決める「法律」なのだ。
            ■
■学名って、なんだろう?
■学名、二名法というのは、スウェーデンの大植物学者(医学者・分類学者)カール・フォン・リンネ(1707〜1778)をもって嚆矢とする。すべての動物学名は、このリンネの『自然の体系・第10版』 (Systema Nature,10th Edition,1758)から出発するのだ。
■リンネの時代は大博物学時代といってもいい時代だった。世界中が探検され、ヨーロッパにさまざまな動植物が持ち込まれ博物学者たちはどんどん記載していった。すべて新種だった。地球は「発見」に満ちていた。そして、てんでに名前をつけ発表し、混乱もすごかった。
■リンネも先の『自然の体系』で、ライオンを Felis cauda elongata,corpore helvolo とした。訳すと尾の長い体が淡黄色の猫となるらしい。ほかにも「ふさふさした長い尾を持ち上半身にたてがみのある猫」なんて名前も書いた。そして本の欄外にLeo という略号を振る。この『自然の体系』の欄外の略号が学名のはじまり。
■もちろん、このままはじめたものではなく制度化されたのはずっとずっと遅れた。1889年のパリの第1回国際動物学会議で草案が提出され、1900年の第5回ベルリン大会で採択された。そして1961年にいまの命名規約のもとになった「新規約」の第1版が出版されている。
            ■
■ライオンの学名を書く。
■Felis leo Linnaeus,1758
■フェリスが属名、レオが種小名、ふたつあわせて種の学名である。これがリンネの二名法。イタリック体で表記する。その後ろのリンネウスはリンネの英語表記で著者名、年号は出版日付。1758年出版のリンネの『自然の体系』で記載されているという意味で、これらは学名につけても、つけなくてもいい。
■簡単に考えると、学名とは出版された「名前」の引用だと思ったら、実状に近いのかもしれない。
■1758年の『自然の体系 第10版』以後に世界中で出版されたものすべての中から、国際動物命名規約で厳密に定めた条件に合う名前で、いちばん最初に出版された名前を有効にしましょう…というのが「学名」なのだ。
■反対にいうと、242年の間に、出版されたすべての記載の名前を調べなければならないのが「学名」だ。そして、記載だけでは生物は分からない。その記載には「標本」が指定されている。いろいろあるが、いちばん重要な標本は「ホロタイプ」と呼ばれる「完模式標本」で、ぶっちゃけていうと学名とは、その、世界でたったひとつの「標本」の名前のことだと思うとよい。
■そんなむちゃくちゃなと思うだろう。そう、そんなむちゃくちゃな世界なのだ。世間は新種か新種でないかとすぐ騒ぎたがるけれど、研究者たちが慎重で「新種」ともいわず「未記載種」などといい、なかなか研究が進まないのは、こういう「壮大」な事情があるのだ。
            ■
■もういちど、ナンヨウチヌの学名を書く。
■Acanthopagrus berda (Forsskal,1775)
■Forsskal とは、スウェーデンの博物学者、ペーテル・フォシュスコール(フォルスコルとも)のことで、有名な「リンネの使徒たち」のひとりである。リンネから「学名」が始まるのは、彼の生物分類体系がすばらしかったこともあるのだが、彼が「使徒」と呼んだ弟子たちを世界中に派遣し、標本を集め記載したことにもよる。リンネの使徒のひとりでもあるツューンベリ(ツンベルグとも) Thunberg は1775年に日本にも来て『日本動物誌』などをまとめている。1775年とは安永4年、杉田玄白らが『解体新書』を出版した翌年にあたる。
■フォシュスコールは、1761年にデンマーク王によって編成されたアラビア調査探検隊に加わり、世界ではじめて紅海の魚類調査を行った。調査中の1763年にイエメンでマラリアによって客死した。この探検隊で生きてデンマークに帰ったのはひとりだけだったという。この探検の時にイエメンの紅海で採集されたのがナンヨウチヌ。彼の死後、整理され1775年に出版された。完模式標本はZMUC P5055 デンマークのコペンハーゲン大学動物博物館に収蔵されている。もちろん見たことはないけれど文献によると dry skin となっている。乾燥した皮なのだろう。江戸時代に記載された学名の標本がきちんと保管されている。「ヨーロッパ」という文化の底力を思う。
            ■
■学名ひとつで225年の時空を超え、いろいろな空想もできる。魚類分類学とは、そういう「遊び」もできる。


初出●『ちぬ倶楽部』2000年4月号