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[400] 命名>サラサカジカ>誰でしょうね 
2002/4/9 (火) 07:07:17 小西英人
▼ 清野耕一さん

 サラサカジカ…、ほんと誰がつけたのでしょうね?

 このごろ、学名の場合は、しっかりした論文を読めば、必ずシノニムリスト※1があるので、誰がつけた名前かわかりますし、近年にかかれた新種の記載論文を読めば、いま学名の由来を書くように勧告されていますので(国際動物命名規約・第4版 勧告25B)命名者が、なにを考えて命名したかわかります。まあ、追跡は文献さえそろえば簡単なのです。

 しかし、標準和名は、まったく取り決めがないので、追跡が難しく、間違いも多くて困ります。

 でも、分類屋さんは、いつも未記載種を記載したい願っているし、そのとき、学名も、標準和名も、きれいなものにしようと願っています。ただ、とにかく混乱がないように、学術的に無難につけるタイプと、美しくつけてしまうタイプと、めんどくさいから、その辺でつけるタイプとありますね。やはり、人のやることですから個性は出ます。

 この話、あまりすると叱られるのですが、アサヒアナハゼがあって、つぎにつけるとき、キリンアナハゼにしたと、アサヒがあるならキリンだろうと、そういうわけです。そのつぎの未記載種には、サッポロか、エビスかと、楽しみにしている人がいます。その由来なんて書きにくいですよね。いまのキリンアナハゼは、キリンみたいに首が長いわけでも、斑紋がキリンのようなものでもありませんよ。

 まあ、サラサカジカ、和名の由来はわかりませんが、ちょっと学名を、California Academy of Sciences の Ichthyology のHPから、Eschmeyer の Catalog of Fishes で検索してみました。

http://www.calacademy.org/research/ichthyology/catalog/index.html

 サラサカジカ Furcina ishikawae Jordan et Starks,1904

 キヌカジカ Furcina osimae Jordan et Starks,1904

 で、1904年にジョルダンとスタークスが、サラサカジカ属を新属でたてて、新種記載しています。ジョルダン※2は、アメリカのスタンフォード大学初代総長になった人で、日本との結びつきも深いのです。

 記載論文は

Jordan, D. S. and E. C. Starks 1904 (28 Jan.) [Ref ID: 2528]
A review of the Cottidae or sculpins found in the waters of Japan. Proc. U. S. Natl. Mus. v. 27 (no. 1358): 231-335.

 この論文を読めば、和名の由来も書いてあるかもしれませんね。研究者でないぼくは、すべての文献はそろえられていないので、ここまでで終わりです。

 ただ、勘でいえば、絹と更紗のセットになっているので、だれか日本人がアドバイスをしたのでしょう。田中かな。種小名の ishikawae は石川千代松、osimae は大島正満に献名したのだと思います。おっと、推測で、いいかげんなこと書かんとこっと。研究者に叱られるもんね。

                            英人

※1 シノニムとは、簡単に言うと同じ種に違う名前をつけてしまうことで、同物異名といいます。このシノニムは、案外多くて、混乱を招きます。先取権の原則といって、一番はじめにつけた名前が有効になります。

※2 ジョルダンのことを、生命の星・地球博物館の瀬能宏博士が書いているので、ちょっと引用させてもらいます。この研究ノートは、ほんとうにおもしろいので、ぜひ、全文を読みにいってくださいね。

 アドレスは

http://nh.kanagawa-museum.jp/tobira/4-2/4-2.html

■自然科学のとびら
Vol.4, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  May.,1998

研究ノート 魚学史―日本の魚を研究した人たち
瀬能 宏(学芸員)

(※一部引用させてもらいます 英人)

真の日本魚類学の父
 20世紀初頭、事態は一変します。アメリカのジョルダン(D. S. Jordan; 1851-1931)とその一派による本格的な日本産魚類の研究が始まったのです。ジョルダンは魚類学者で、スタンフォード大学の学長にまで登りつめた人物ですが、研究者として超一流であっただけでなく、非常に多くの弟子を育てた教育者としても超一流でした。余談ですが、皆さんはモース(E. S. Morse; 1838-1925)の名をご存じでしょう。東京帝国大学理学部の初代動物学教授で、1877年から1879年まで日本に滞在し、大森貝塚の発見などで有名なあのモースです。実は、初代動物学教授の候補には、モースの他にジョルダンの名もあがっていたのですが、ジョルダンが決めかねているうちにモースが採用されてしまったのです。歴史上傑出した魚類の分類学者であったジョルダンが、もし初代教授として赴任していたならば、大げさでなくその後の日本における魚類学、いや分類学の歴史は大きく変わっていたかも知れません。

 話が少し脇道にそれましたが、ジョルダンは弟子たちを総動員して、日本の魚を片端から研究しました。わずか10年ほどの間におびただしい数の論文が公表されたのです。そのジョルダンの影響を受け、日本人初の本格的魚類分類学者となったのが、東京帝大理学部動物学教室の田中茂穂(1878-1974)です。田中は生涯に170種近い新種を記載した他、論文、論説、総説、翻訳、意見文、紹介文など、無数とも言える著作を残しました。とりわけ、41新種の記載を含む「日本産魚類図説」(全48巻, 1911-1930)や、過去の文献を網羅し、1235種の魚類を収録した「日本産魚類目録」(1913; ジョルダンおよびスナイダーと共著)は代表的なものです。正に「日本の魚類学の父」と呼ぶにふさわしい活躍をした人でした。ジョルダンや田中の研究により、日本の魚類相の槻要がほぼ明らかにされ、後の魚類研究の基礎が完成したと言えるでしょう。