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[8522] 乱麻>学名のことなど… 
2003/9/16 (火) 21:55:05 小西英人HomePage
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■私はギリシャ語で棘の鯛らしい
シュレーゲルさんのものらしい■


 週刊釣りサンデーに連載している『怪投乱麻』の来週発売号で、学名のことなど書いたので、紹介しましょう。

 学名って、世界でたったひとつの標本につけられた名前なんだよね。このことを理解すると、だいぶ、違うんだけど…。

                          英人


■怪投乱麻Vol.103■週刊釣りサンデー10月5日号より転載
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クロダイ。あんたの定義はなんだ


魚類学
バタビアの軍医が記載したのだの巻


■あの、前世紀。阪神タイガースが優勝した伝説の年。真弓、岡田、掛布、バースたちの活躍をラジオで聴きながら、ぼくは編集室で呻吟していた。生まれて初めて魚類図鑑を編集していた。『ターヘル・アナトミア』のちの『解体新書』を初めて見た前野良沢や杉田玄白も、かくやと思った。学名に苦労したのである。いまさら死語のラテン語並べてどうすんねん、思いつつ苦労した。優勝の瞬間、そのまま梅田か道頓堀に行こうと思いつつ明け方まで『さかな大図鑑』と格闘していた。そんな日々を過ごしていたのだった。
       ■
■幾星霜重ねて、新世紀。歓喜の六甲颪が響くと、ぼくの頭では学名が踊ってしまう。変な奴だと我ながら思う。けれども刷りこみって怖いものだ。優勝=学名なのだ。あれから『新さかな大図鑑』『釣魚検索』『釣魚図鑑』と続いた。『釣魚検索』は特殊な図鑑なので学名は扱わなかったけれど、それ以外は学名とつきあった。はじめは、わけわからず筆写していたが、いまでは、ぼくのパソコンに、日本産全魚種の学名が整理されているし、インターネットでは、世界中の魚類学名が整理され、公開されている。学名のことなど、つらつら書いてみよう。
       ■
■「ちぬ」の正式名称は、クロダイである。などと書いて平気な人がいる。間違いである。
■クロダイは、ただの和名である。出版物などによって提唱され、支持を得て標準的なものになったであろうと考えられる和名もある。それらは標準和名と呼んでもいい。クロダイは、しっかり標準和名でもあると認める。しかし正式名称ではない。生物の正式名称というのはただひとつ、学名しかないのだ。
       ■
■クロダイの学名は、アカントパグルス・シュレーゲライである。などと書いて平気な人がいる。大きな、間違いである。
■学名というのは『国際動物命名規約』という規約に厳密に則った名のことしかいわない。
■ Acanthopagrus schlegelii (Bleeker,1854)
■これが、標準和名クロダイの学名である。かたいこといわなくてもいいじゃないか、これを読んだら、アカントパグルス・シュレーゲライになるのだからどっちも同じことじゃないかという人が多いと思う。違う。
■そう、思うのならば「ちぬ」の標準和名はクロダイであるといえばいいのであって、正式名称とか、学名とか、そういうものを振り回して、わざわざ権威づけする必要もないだろう。
■ Acanthopagrus schlegelii (Bleeker,1854)
■学名はラテン語アルファベット二十六文字で綴らなければならない。一語目が属名で大文字で書きはじめると決められている。二語目は種小名といい、この二語をあわせて動物の種名をあらわす。これを二語名法という。丸括弧でくくっているのは著者と、日付の引用である。
■簡単にいう。動物学名とは動物命名規約に則って初めて出版された動物の記載とその名前をいう。その記載は、ふつう原記載と呼ばれる。動物など、いくら記載されてもわからない。だから標本が必要だ。世界でただひとつの標本を明示し、それを記載し、名前をつけ、出版したものが学名なのだ。学名を書くことは、その標本を引用することにほかならない。学名の定義とは、その標本そのものだ。
■ピーター・ブレイカー。オランダの医者で博物学者、一八四二年に軍医として蘭領東印度のバタビア、いまのインドネシアのジャカルタに赴任し、魚類標本を集めて記載した。彼がクロダイの学名の著者である。黒船が来航した翌年の一八五四年、「日本の魚類相・新種」という論文を出版した。そのなかにクロダイもあった。アメリカのエシュマイヤーがまとめ、公開している学名データベースによると標本の産地は長崎。出島で集めたのだろう。二個体のシンタイプとされ標本番号はない。シンタイプとは学名を担う複数の標本で、複数の標本があれば複数の博物館で保管できたりして便利であり認められていた。しかし、この標本群に違う種が混じると非常にややこしい話になるので現在では認められていない。その2個体、いまどうなっているかわからないようだ。
■丸括弧()で囲まれるのが引用のお約束なのだと思って学名の著者名を、すべて丸括弧で囲み、研究者の逆鱗にふれる編集者もいる。これは命名時の属から、違う属に移されたことを意味する。初めにブレイカーが記載した学名を書いておこう。
■ Chrysophrys schlegelii
■クリソフリスとはギリシャ語由来で「金の眉」という意味、アカントパグルスもギリシャ語由来で「棘の鯛」という意味。シュレーゲライとは、ドイツ人のヘルマン・シュレーゲルのこと。オランダのライデン博物館で、シーボルトが出島から持ち帰ったコレクションをテミンクとともに記載した。ブレイカーは、そのシュレーゲルに献名した。人名由来の種名は、ふつう人名にiiをつけて属格にする。簡単にいえば「シュレーゲル氏の棘鯛」という意味になる。
       ■
■和名と学名を、1対1対応させようという議論もある。クロダイという和名の定義を学名でしたらいいというわけだ。これは簡単ではない。学名は厳密な定義があるため、よく変わる。たとえば同じ物に二つの学名がつけられることも多い。同物異名、シノニムという。そうなると先取権の原則で、先に公表された名前が有効になる。たとえばクロダイの研究をしていてブレイカーの標本を見つけたとする。それがキチヌであったとする。キチヌは一七八二年に記載されているのでブレイカーの学名は消える。そういうことが起こりえる。標準和名は厳密な定義がないため安定している。
       ■
■ Platycephalus sp.
■これは学名ではない。コチ属の1種という意味でしかない。こう表記されるのは標準和名でいう、マゴチとヨシノゴチである。研究により一種とされていたのが二種に分離されたのはいいが、あとが進まず学名が決まらない。たぶんマゴチという種とヨシノゴチという種がいて、たぶん研究者も釣り人も共通に認識できるが、定義された名はない。名無しの権兵衛である。正式には、いない種である。
■たぶん、これが標準和名と学名の違いなんだろうと思う。
■それにしても。マゴチ、困った困った。研究者みんな、論文を待っているのに、当の研究者も困った困ったと笑っているから、よけい、困った困った。

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