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[34778] 図鑑裏話7>インデザインは賢いか、アホか 
2007/5/30 (水) 23:16:23 小西英人HomePage
 「分かりました。1週間で覚えましょう」

 ぼくは、この一言で、苦しむことになる。怖い先生の宿題をできなかった小学一年生の恐怖を味わうことになったのだ。

 まずアドビのDTPソフト、インデザインを買う。

 そしてマニュアルを買った。訳が分からない…。

 結局10冊近く買った、これが、値段が高くて、また馬鹿にならない。しかし、マニュアルを読んでいると凄い!

 あれもできる! これもできる! それもできる! なんでもできる!

 実際にやってみると、途中まではできるけど、あれもできない! これもできない!

 大阪の編集仲間に聞いてみると、みんなクォークのエクスプレスでやっていて、インデザインは知らないという。

 ぼくのパソコン師匠に電話して聞いてみると(ちなみに彼はソニーでパソコンの開発をしたこともある)集中講義に行くのが早いという。調べてみると、大阪にあったが、数十万円もいる。数十万円を払って、400ページの魚類図鑑のレイアウトを、ほいほいと教えてくれるのだったら行くけれど、たぶん、400ページの図鑑レイアウトをした者などいないだろうから、いい加減な恐れがある。

 万事窮した。

 けど、やらなければいけない!

 インデザインの取っつきに苦しみながら、エンターブレインと、印刷所と、フォントでもめていた。

 簡単に言うと、ぼくは、モリサワが嫌だったのである。あんなものは、おもちゃのフォントで、フォントもどきである。まともな編集者なら、相手にしてはいけないフォントなのである。

 ぼくが編集者になったとき、まだ、活字であった。手動の写真植字が実用化されたところで、活字のように、一文字一文字、職人が字母を彫り込んでいく字体と違い、文字の力が弱いと酷評されていた。

 しかし、写研の石井明朝だけは違った。活字に比べれば弱かったけれども非常に繊細なラインを持っていて、それは芸術であった。

 それから、写研は電算写植にして、フォントも、明朝、ゴチックから、いわゆる新書体と呼ばれた、ナール、スーボ、ゴナなどなど、次々に発表して、どれも斬新でバランスがよかった。

 写植をやっていたのは、ほかに、モリサワ、リョービなどあったが、どんどん追い詰められていった。

 写研王国を日本に築いたのである。

 ぼくは写研ではじめて、写研に育てられたのである。

 なぜ、写研が駄目になったか、長くなるから書かないけれど、マックおたくとくっついたモリサワが、DTPを席巻し、そのうちに、はじめはDTPなどおもちゃだと笑っていた印刷所も、DTPに移行するにつれ、モリサワでなければフォントでないようになってしまった。

 写研は、どこに行ってしまったのだろう…。

 とにかくモリサワ。おもちゃのような明朝に、ゴナもどき、ナールもどき、とにかく「もどき文字」である。しかし、あまりにも、変な文字が氾濫すると、それが、ぼくのようなプロにも当たり前に見えるようになるらしくて、それが、ぼくは本当に嫌だった。

 だいたい、あんな、もどき文字に、1書体あたり10万円くらいだったか、あほらしくて払えない。

 エンターブレインの「おたく」の岩井さんに、そういって逃げまくった。いやだ、モリサワだけは使わない!

 だいたい高いじゃないですか!

 説明が面倒で、値段が高いから嫌だと逃げていた。

 「それがね、パスポートというのがでてね。一年、どの書体も使い放題で5万円というのがあるんですよ」

 そう説得された。

 ぼくがなんでモリサワに毎年5万円もの上納金を納めなければいけないのか…。しかし、いまの日本の印刷事情では、それしか方法がなかった。写研にあれほどいじめられたモリサワが、こんどは日本中のクリエーターをいじめている。祇園精舎の鐘の声が聞こえないのか…。

 泣く泣くモリサワの軍門に降った、情けない編集者になってしまった。

 どうぞ「転び編集者」と呼んでね!

 そういう大騒ぎを演じ、エンターブレインと凸版印刷を困らせていた。イラストレーターで創りあげていたタイ科のページを、インデザインで創り直すのだが、フォントが決まらず、モリサワ以外でやっていたので、最終的にモリサワで決まり、大あわてでパスポートを購入して、また、基本段組を変えるのに大変だった。

 書体が変わると、全体のイメージが変わる。

 そうすると、大きさから、文字数から、行間の空きから、すべてを作り直さなければいけないのだった。とにかく、ぼくは写研の文字になれていたから、モリサワは、一からすべてをやらなければいけなかった。

 助かったのは、インデザインは、文字組を、ポイントでも、Q数でもやれることだった。ぼくは、活字も写植もいじっていたから、ポイントも、Q数もいじれたが、日本の本を編集するときには、ミリ、センチ単位である、Q数が楽なのだ。ポイントは、インチ単位である。

 級数とか、歯送りとかと呼んで、Qとか、hとかを単位にするから、門外漢には難しいだろうが、これは、0.25mmを単位とした非常に明快な規格である。10Qの文字とは、2.5mmで送ったらべた組みになる大きさの文字である。送るというと、ぴんとこないだろうが、写植というのは、もともと、ネガフィルムに文字があって、それを印画紙に焼き付ける、写真技術によりできあがった文字組であり、このネガフィルムを送る歯車のピッチが0.25mmだったのである。だから文字送りとか、行送りとか呼び、それを歯送りと呼び、hであらわすのである。12Qの文字は、べた送りなら12h、行送りは半角送りにしたければ18hにすればいいのである。

 こういう写植の文字規格も、そのまま使えるのがインデザインであって、楽であった。また詳しくは書かないが、編集作法というのはグリッド法という、とにかく格子状に組み立てていくのだけが基本であるが、インデザインは、レイアウト用紙をつくりやすいし、それはグリッド法を忠実に守れやすいものであった。

 また、見だし類も、どんどんつくっては置いておけて、ほんとうにプロの編集者の心をくすぐるソフトではあった。

 しかし、マニュアルのように、なかなか自動でつくれないのだ。

 レイアウト用紙を、なんどか作り直し、基本2段組と、3段組をなんとかつくった。モリサワの、もどきフォントのために、苦労はしたが、かなり何度も試行錯誤をして、やっと、魚類解説本文、解説本文、魚類見だし、中見だしなどをつくりだめていった。

 何度も何度もやるのだが、基本的には、打ち出してみなければ感じがつかめない。インデザインで、インクジェットプリンターを動かしていたのでは、仕事にならない。

 泣く泣く、A3のカラーレーザープリンターを購入した。これでも遅いが、まだましである。一昔前に比べたら安くなったけど、それでも、高い。そのうえにトナーが高い。結局、図鑑の編集の間に、3回、トナーを買った。1回にほぼ6万円いるから、トナーだけで18万円かかった勘定だ。こんなに高く付くとは、ほんと、知らなかった。

 なにがペーパーレスや!

 パソコン屋の嘘つき!

 などなど、夜泣きしながら、せっせと基本を創りあげていったのである。1週間どころか1カ月かかった!

 それでも、見だしは自動でできず、あれもできる、これもできるとマニュアルに書いていることは、なにひとつできないまま、東京のエンターブレインにでかけて、凸版印刷の「おたく」江幡さんと対峙したのである。

 あれができない! これができない! それもできない!

 ぼくは江幡さんに訴えた。

 江幡さんは、おたくらしく落ち着いて、にやりと笑い、あれもできる! これもできる! とマニュアルに書いているでしょう。インデザインは、そんなに賢くないんですよ。あれもできません、これもできません、それもできません…と、呵々大笑し、ぼくができなかったところを手動で、こうやるんですよと、あっという間にやってみせた。

 なるほど、自動でやらずに、半手動でやると、問題なく動く!

 そんなことマニュアルには書いていないぞ!

 一か月苦しんだのになあ…。

 しかし、これは、ぼく見つけたんですけど、バグでしょうと、得意になって報告した。江幡さんは、また、にやりと笑い、これ、よく陥るんですよね。バグではないです。ここをね、こういじると直ります。

 ぼくが1週間以上苦しんで、バグだと結論したところを、眼の前で、すぐに動かしてしまった。

 結局、一か月苦しんで、無理だと判断し、どう報告しようかとエンターブレインと凸版に会ったのだが、恐るべし「おたく」、江幡さんに1時間ほど教えられて、なんの問題もなくなってしまったのである。

 これは、やるしかあるまいて。

 結局、基本的には、この打ち合わせだけで、まったくはじめてのDTP編集を、インデザインを使ってやってしまったのである。

 恐るべし「おたく」、恐るべし「ど素人」のぼく…。

 それにしても、インデザインには驚いた!

 プロの編集者が、レイアウト用紙をつくって、試行錯誤を繰り返しながらレイアウトを仕上げていくのに、非常に、いいソフトになっている。たくさんのマニュアルにあるように、なんでもできるわけではない。なんにも自動ではできない。

 しかし、割り切って使うと、これほど、いいソフトはない。

 凄い!

 とにかく、家にこもってパソコン相手に、400ページのカラーものの魚類図鑑のレイアウトと版下を、すべて創ってしまえるのである。

 こんなこと、数年前まで、夢のまた夢であった。

                            英人