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新コミュニティ(掲示板)オープンのお知らせ

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[72] 魚あれこれ>魚眼…視覚について 
2002/2/3 (日) 09:50:37 小西英人
 このBBSの兄弟BBS、「すなはまBBS」で魚の色覚が話題になっています。

 ぼく、釣りサンデーの隔月刊誌、『磯釣りスペシャル』で、魚をめぐるさまざまな話題を連載していて、それを『釣魚図鑑』にまとめています。

 そこから、転載していきましょう。

 いきなり色覚にはいると、戸惑うかもしれませんので、とりあえず魚の「視覚」からはじめて、色覚や、嗅覚、要望があれば聴覚なども転載しましょう。一度にあげるとしんどういでしょうから、ゆっくりとアップしていきます。

                             英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典E

それは海のゴルゴ13である! のかもしれない
魚眼■

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■煮つけ、鍋、塩焼きなどで、魚の頭を「せせって」いるときの釣り師ほど幸せなものはいないかもしれない。頬、かまなど、頭は美味しいところが多いのだ。黙々とせっせていると、白い「目玉」があったりする。ほうほうこれが「レンズ」か、さすが魚眼レンズというだけあって、まん丸だわい…なんてなんとなく納得しているのではないか。丸くて歪んだ世界に「連中」は生きているんだなあと、みょうに納得しているのではないか。
            ■
■ヒトの眼と魚の眼は基本的に同じだ。同じ祖先を持つ「兄弟」なのだから当然である。あのぽろっと落ちる白い球は「目玉」ではないのだが眼球の中の「レンズ」である。「水晶体」と呼ばれる。水晶体はクリスタリンという透明の蛋白質でできているが熱で変性するので白く濁る。ヒトの眼球の中の「レンズ」が「虫眼鏡」の形ならば魚類のそれは「ビー玉」だ。虫眼鏡ははっきり見えるがビー玉ごしの世界は歪んで見えるのではないか。
■眼の表面にある透明の角膜は薄いが1.36と高い屈折率をもつ、しかし、水の屈折率も1.34であり、ほぼ角膜の屈折率と同じ。ヒトなどの陸上動物は角膜でかなり屈折できるので水晶体は焦点あわせなどの微調整を担当すればよい。だから、かなり扁平なレンズ形でいい。ところが魚類の場合、角膜では屈折できず水晶体だけで光を屈折させて網膜に結像させなければならない。そのため球形になる。魚の水晶体は中心部と周辺部で屈折率が違う特殊な構造になっており、光学ガラスで作った均質な球形レンズに比較しても、魚の「球形レンズ」は高性能であり解像力は素晴らしい。「ビー玉」ではないのだ。
            ■
■この角膜の空中と水中での屈折の違いは実感できる。海に潜って瞼を開くと、強い遠視の状態になり、見えない。そのためにヒトは泳ぐとき、ゴーグルをして角膜と海水の間に「空気」の層をつくってやるのだ。
            ■
■ヒトの水晶体はレンズ形なので、それを厚くしたり薄くしたりして遠近の調節、ピント合わせをする。ならば球形レンズの魚類はピント合わせはどうするのか。
■サメ・エイ類のピント合わせは謎が多いが、ふつうの魚のピント合わせは、水晶体を前後に動かしてピントを合わす。そうカメラレンズと同じことをしている。
■水晶体の移動距離から焦点の合う距離が計算できる。30pのイシダイで水晶体を動かす水晶体筋がリラックスして、10〜15pくらい前方にピントを合わせ両眼視しており水晶体筋の収縮時には無限遠までピントが合う。
            ■
■水晶体が移動してピント合わせというと出たり引っ込んだりしていると思うだろう。違う。両眼視野の中心の方向を「視軸」といい、この方向に視精度はよく、遠近調節も行われる。瞳孔の中心を通り虹彩面に垂直な軸を「光軸」というが、ヒトの眼では視軸と光軸はそうずれない。魚類では、ほぼ直角になる。魚は横をぼけっと見ているのではない。前を見つめている。多くの魚で視軸は体軸とほぼ平行で水晶体は尾から吻の方向に動く。
■ヒトの網膜には中心窩と呼ばれる場所がある。ここには色覚をつかさどる錐体が密集していて視力がもっともよい大切な場所だ。魚もヒトの中心窩にあたる錐体密度の高い「よく見える場所」がある。遠近調節はこの「場所」にむかってなされ、その「視軸」の方向は、その魚の「摂餌行動」と一致するという。ハタ類では視軸は前方にあり網膜後部が「見える場所」だ。マダイやクロダイでは視軸は前下方で、スズキやカツオなどは視軸は前上方になる。反対にいうとハタ類は前の餌、タイ類は下方の餌、スズキやカツオなどは上方の餌を捕まえるため「進化」してきた、食べるためのマシンなのだ。
■魚の眼は魚眼レンズで、丸い歪んだ世界を「眺めて」いるのではない。前方の「敵」を両眼で見つめ、ピントを合わせている。それはプロフェッショナルの「スナイパーの眼」だ。その性能は想像以上に高いのだ。
■おもしろいことに、このピント合わせは得意な魚と苦手な魚がいる。イシダイ、メジナ、スズキ、ハタ類、マダイ、クロダイ、カワハギなどなどは得意な魚。ニジマス、アユ、フナ、コイなどは苦手な魚。ナマズ、ギギ、ウナギなどは、まるでピント合わせなどできない。
            ■
■魚のレンズが高性能ならば、その視力はフィルムともいえる網膜の分解能で決まることになる。網膜の錐体密度から魚の視力を計算した人がいる。その計算から磯魚だけを、人の視力と同じ数字に直して眼のいい順に並べる。マハタ0.24、マダイ0.16、ウマヅラハギ0.16、クロダイ0.14、メジナ0.13、ニザダイ0.12、ブリ0.11、スズキ0.11などなど。「学習法」という実験で魚の行動から直接視力を測っても推定値とだいたい同じになる。
            ■
■魚の眼は体の「横」にあるのに、なぜ「前」が見えるのか。魚の眼にも虹彩はある。サメやエイなど光によって虹彩は伸縮し瞳孔の形が変わり「猫の眼」のようになる。サメなどが「意地悪」に見えるのはそのせいか。ふつうの魚は虹彩はほとんど動かず瞳孔は開きっぱなしになっている。「鯖の眼」などといわれ死人のように嫌うヒトもいるのはそのせいか。ともかく硬骨魚類の虹彩は開きっぱなしであり球形の水晶体の半球は虹彩面より突出している。背中から魚の眼を見ると水晶体の半球がでているのが分かる。そのため単眼視野は驚くほど広く、ほぼ180度になる。マダイの場合で前下方20度のところに視軸がありそこで約30度の両眼視野がある。死角は後方だけになる。ふつうの魚では、たいてい、前方左右に30度という両眼視野を持っており、重要な機能だと思われるが、いまのところ研究はあまり進んでいない。
            ■
■魚の左右には広大な「単眼視野」があるのだが、この領域ではピント合わせもできず遠距離にある物体は見えにくくなる。しかし「動いている物」は見える。魚にとって動く物は外敵か餌だ。運動物体への視覚はかなり重要なものだと思われる。スズキの幼魚の行動観察から遠距離にある餌を認め、これに接近するときの感覚は「運動物体への視覚」だという。速い速度の不規則運動にはとても敏感で、これが遅いか等速直線運動になると静止している物体と同じ程度にしか注意しない。
■魚類の視覚中枢には「運動物体検出型のニューロン」がありそれは「特定の方向」に動く刺激に応答し、その反対方向に動く刺激に抑制されるという。ふつう魚には背から腹の垂直方向ではなく、吻から尾の水平方向に反応するニューロンが多く、コイなどの観察から尾から吻の方向に応答し、その逆は抑制されるようだ。
            ■
■高性能な視覚を持つ魚類、彼らを攻略するには、彼らの横を後ろから前に「不規則」に動かして、彼らのニューロンを刺激したあと、前方、つまり視軸の方向に「ずばり」と「餌」をいれたらいいのだ。それだけだ。
■わっはっは。われ釣りの奥義見つけたり。わっはっは。

初出●『磯釣りスペシャル』2000年5月号

[75] ぎょぎょ事典シリーズ 
2002/2/3 (日) 20:43:26 JUN
▼ 小西英人さん

ぎょぎょ事典シリーズ、オンラインでの公開が可能でしたら、
WEBさかな図鑑のトップページからリンクを張りたいと思うのですが、
いかがでしょうか。

せっかくですので、BBSだけではもったいないなと。

[79] Re:ぎょぎょ事典シリーズ 
2002/2/3 (日) 22:25:40 小西英人
▼ JUNさん

 公開してもいいですけど。リンクを張るっていうのが、どうするのか、どうもイメージがわかないのですが…。

                          英人

[80] Re:ぎょぎょ事典シリーズ 
2002/2/3 (日) 22:33:01 JUN
▼ 小西英人さん

WEBさかな図鑑のトップページに、魚類学関係テキストの
コーナーを作ればどうかしら、と思ったわけです。
「ぎょぎょ事典」というコンテンツを作っておいて、そこへ飛ぶと。

テキストと、あれば写真を送っていただければ、ぼくが作りますけど。

[83] Re2:ぎょぎょ事典シリーズ 
2002/2/3 (日) 22:43:40 小西英人
▼ JUNさん

 わかりました。ありがとうございます。

 「ぎょぎょ事典」と「棘鯛の系譜」があります。「ぎょぎょ事典」は、『釣魚図鑑』の出版の後にも、2,3回書いていますから増えています。

 しばらく、成り行きで、ぼつぼつと、ここにアップして、そのあと、まとめていたけますか?

 そのときは、まとめて送りますので、つくってね。よろしくお願いいたします。

                            英人

[85] Re:ぎょぎょ事典シリーズ 
2002/2/3 (日) 22:48:36 JUN
▼ 小西英人さん

了解しました。
よろしくお願いします。

しかし、じゅん坊さんといい、英人さんといい、
プロがその気になると、すごいものがありますね。

ぼくもがんばろうと思いますが、なんのプロだったっけな(^^;)。

[162] 魚あれこれ>色覚について 
2002/2/6 (水) 12:53:24 小西英人
 視覚の次は色覚です。

 この色覚は『釣魚図鑑』を出版した後で『磯釣りスペシャル』に書いたので、『釣魚図鑑』には載せていません。

                   英人


■『磯釣りスペシャル』2001年1月号より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典 番外

それは青い世界で虹を追っている! のかもしれない。
色覚■

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■金がいいか、銀がいいか、赤がいいか、黒がいいかと話題になることがある。鉤のことである。石鯛鉤は、伝統的に黒がいいと思っている。サザエの身の黒い部分にまぎれるからだろうか。たまに金の石鯛鉤を見ると驚く。しかし、妖しく光る鉤先を見ていると、これがいいようにも思ったりもする。ぐれ鉤は金が多いだろう。赤鉤があったりするとオキアミがくっきり赤く見えていいか…と心惹かれたりする。ルアーの色などになると、もっと色々あって、釣り師も色々悩む。しかし肝心なことを忘れてはいないだろうか。
■魚は色を見分けるのか?
       ■
■青い珊瑚礁とか、エメラルドグリーンの海とかいう。ぱあっと色のイメージが頭にひろがると思う。しかし、海の水を汲んで見ても色など着いていない。もしほんとうに青かったり緑だったら気持ち悪いだろう。その海域によりプランクトンなどの光反射で微妙に固有の色はあるが、なぜ海は青いのだろう。
■海中に入った光は散乱して一部が空中にでてくる。波長が短いほどよく散乱するので、青い光ほど散乱して海から飛びだしてくる。空中から見て海が青いのはそのためである。光の波長は長くなると赤くなり赤外線はヒトには見えなくなる。また短くなると青くなり紫外線はヒトには見えなくなる。水はまた波長の長い光を、より吸収する性質がある。いいかえれば海は青い光を通すフィルターである。海中に潜るとまわりが青くなるのはそのためで、水深が30bにもなると「赤」は「赤」ではなくなる。魚とは、そういう特殊な色の環境に棲んでいる。
■青信号とか、青葉とかいうけど、信号は緑であるし、青い葉などもしあると気持ちが悪いだろう。それでも言葉に違和感はない。色というのは、ある意味非常に心理学的な問題である。日本人男性のおよそ5l、女性の0・2lに赤緑色覚異常があるという。色盲などと呼ばれ色が分からないという偏見もあったが、色覚異常は色の感じ方が違う人が大半であって、その感じ方の説明は不可能だ。信号機の赤、青、黄は色覚異常であっても識別できる。ぼくの「青」とあなたの「青」が同じかどうか誰にも分からない。事実、ヒトの赤色を感じる遺伝子に多型があり、ある人は557ナノメーターの波長を赤と感じて、ある人は552ナノメーターという、どちらかといえば橙色を赤と感じているのだという。文字通り、色々な色の「夕陽」をわれわれは、それぞれ見ているのかもしれない。共通した色なんてないのかもしれない。たぶん「色」とは、そういう非常に曖昧な「もの」なのであろう。
       ■
■魚に色覚があると初めて証明したのは、1925年、フリッシュで、コイ科の淡水魚に一定の色に対して褒賞を与えるという学習実験から、色彩を見分ける能力があることが分かった。網膜には桿体と錐体という二種類の光の受容器(視細胞)があり錐体が色彩視に関わっているのだろうと古くから推定されていたが、1965年にマークスが金魚の錐体に3種あることを証明した。青、赤、緑の三原色に対応していた。コイの網膜から錐体の電位記録をとるのに成功したのは富田で、1965年だった。視細胞につながった水平細胞から記録される緩電位は1953年にスヴェティヒンが発見し、頭文字をとってS電位という。このS電位に必ず負の方向に応答するものがあり、これは量的な変化を記録したものでL型(明暗型)と呼ばれる。もうひとつ正と負の両方向に応答するものがあり、これは刺激の質を記録していると思われC型(色覚型)と呼ばれる。L型は3種、C型は4種のパターンがあるが、それが何を意味するのか詳しいことは分かっていない。とにかくL型しか記録されなければ色覚はなくて、C型がひとつでも検出されれば色覚がありC型が多ければ色彩感覚が優れているといわれている。
       ■
■S電位のL型(明暗型)とC型(色覚型)の出現頻度(百分率)を『魚類生理学』から少し引用してみよう。
■ネコザメ、ホシザメ、ドチザメ、オオセなどの軟骨魚類はL型しか記録されない。チダイ、マダイ、クロダイもL型しか記録されていない。色覚はないようだ。タイ科魚類に色覚がないというのは不思議な気もする。ひょっとしてタイ科は水深の深いところに適応していたのが沿岸浅所に勢力をのばしてきたのだろうか。アカエイはL=75、C=25、ちょっと色覚がある。どちらにしても軟骨魚類の色覚は弱いようだ。ブリはL=97、C=3でほとんど色覚なし、スズキはL=85、C=15でやや色覚あり、ボラが凄くて、L型の2種が記録されあわせて41、C型は4種すべてが記録されて、58・4にもなる。これほどたくさんのパターンが検出されるのはボラだけである。ボラの眼の良さ俊敏さの秘密は、こんなところにもあるのかもしれない。アマゴではL型が2種であわせて23、C型は1種で77と色覚に素晴らしい感度があると思われる。あとの淡水魚は省くが色覚は優れている。一般的には浅くて明るく色彩の豊かなところに棲む魚に、色覚は発達するようだ。田村保博士は『魚類生理学概論』のなかで、チョウチョウウオなど色彩の美しい魚でS電位の記録を試みたが水平細胞が小さくて電極が差しこめず結果はでていないと書いている。
■『魚との知恵比べ』で川村軍蔵博士によれば、「マグロは色を分かるんかね?」と鹿児島の漁師に聞かれて、マグロ類とカジキ類のS電位を記録してみたという。3年間船に乗ってキハダでいえば23個体の519の水平細胞からS電位を記録してL型しかでなかった。キハダ、メバチ、ビンナガ、クロカジキ、シロカジキ、マカジキに色覚はないようだ。漁師たちに、マグロ、カジキ類に色覚はないと報告すると、誰も信用してくれなかったそうだ。博士も書いているが、着色ルアーの釣果を色覚からは説明できないというだけで実際にどうなのかというのはまた別の話になる。ほかにもカツオ、スマ、ヒラソウダからはL型しか記録されていない。
       ■
■コバンザメ、ヒラメ、メイタガレイなどは紫外線に反応するという。マダイ、クロダイ、コショウダイは紫外線に反応しない。昆虫などは紫外線を色光として感じるといわれていて、蝶の斑紋など紫外線で撮影するとまったく別の斑紋になる。ともかく魚に色覚はあったり、なかったりする。しかし彼らの見て感じている世界は、どういう世界なのかは分からないのだ。
       ■
■いつやら鉤や鉤素、ルアーの色はどれがいいか熱く議論していると師匠は笑った。メーカーは魚を騙すより釣り人を騙したほうがいいんよ。釣り人が見て「いかにも釣れそうな色」「すぐに欲しくなる色」がいい色なんや…。けだし名言である。
■しかし、このごろ思うのである。色とりどりの仕掛けやルアーに思いを馳せ、夢見て楽しめるのもツリビトという「動物」の特権であるなあと。なんでも色々楽しまなきゃ損だなと。

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■参考文献リスト■ありがとうございました■
■『新版魚類生理学概論』田村保編集 恒星社厚生閣 1991年
■『魚類生理学』板沢靖男・羽生功編 恒星社厚生閣 1991年
■『魚との知恵比べ』川村軍蔵 成山堂書店 2000年
■『どうしてものが見えるのか』村上元彦 岩波新書 1999年
■『眼が語る生物の進化』宮田隆 岩波書店 1996年

[174] 魚あれこれ>深奥の眼…もうひとつの視覚 
2002/2/8 (金) 06:22:17 小西英人
 魚あれこれ。

 嗅覚にでもしようかなと思ったけれど、俗に「第三の眼」とも呼ばれる「松果体」のことを書いたものが視覚に関連するので、紹介しましょう。この「第三の眼」って言い方がおかしくて、言うのならば「第二の眼」になるのになあ…なんて思っています。

 アユ師のみなさん!

 アユの松果体窓を知っていますか?

 もうひとつの眼があるんですよ…。

 あなたの脳の中にもね。


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典@

それは脳の奥で泣いている! のかもしれない
深奥の眼■

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■あなたの頭の深奥には、もうひとつの「眼」がある。それはあなたが「魚の時代」だった、はるかはるか昔から、しっかりとそこにある。
■いまは、脳の奥のちっちゃなでっぱりに過ぎないのかもしれないけど、あなたの秘められた眼は、太陽を、海を、いまも探し求めているのかもしれない。いや、この「眼」のために、あなたは「ツリビト」と呼ばれるけったいな「ヒト」になってしまったのかもしれない…。
            ■
■「眼」ってなんなんだろう。受精卵という、ひとつの細胞から、どんどん体ができあがっていくのを「個体発生」というが、これは、われわれの体に残る数十億年の歴史の繰り返し、連綿とつながっている血脈の再現ドラマでもある。それを研究する「発生学」というのは重要だが、その発生学的に見てみると、脊椎動物の「眼」というのは脳の突出物である。生き抜くための基本を司る脳幹の一部、間脳がするするのびて表皮に接すると表皮は落ち込んで水晶体と角膜になる。のびた間脳は網膜になる。眼は「心」の窓というのは嘘ではない。正確にいうと眼は「脳」の窓、脳の外界認知センサーなのだ。
■間脳が前にのびると眼になるが、上にのびると「もうひとつの眼」になる。顱頂眼という眼がある。トカゲ類の一部で両眼の真ん中にある眼のことで、皮膚は透明になって、角膜の役目を果たす。役割はよく分かっていないが、太陽光線の線量計の機能を持つと考えられており体温調節に役立っているようだ。化石を調べてみると絶滅した多くの爬虫類や両生類に顱頂眼があったことがわかる。この顱頂眼は間脳が上にのびてできた。
■魚類の祖先の「なにものか」が脊椎を「発明」した。この「なにものか」の子孫たちを脊椎動物という。魚類や四足動物。両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類だ。このグループは、間脳の上に、大きかれ小さかれ「でっぱり」があり、そのでっぱりを松果体とか上生体という。この松果体が、一部の動物では、よく発達して「もうひとつの眼」になる。俗に「第三の眼」といわれる眼だ。
            ■
■古い形質を、よく残している魚、頭甲類には両眼の間に松果腺孔がある。松果体からのびる松果腺のための孔が開いているのだ。頭甲類とは、ヤツメウナギなどの仲間で、いまのヤツメウナギから「頭甲」などといわれると、ぴんとこないだろうがシルル紀やデボン紀に繁栄した頭に重装甲している魚たちを頭甲類といい、ヤツメウナギ類は大きく考えて、それらの生き残りである。
■アユの頭部を背面から見ると両眼の間に皮膚が半透明になっている「部分」がある。よく見ると皮膚や頭蓋を通して、橙色の「もの」が見えるが、これは脳である。松果体がうっすらと透けて見えているのだ。
■@皮膚の色素沈着を欠く。A筋肉組織の発達が見られない。B頭蓋に凹部もしくは孔がある。このような特徴があれば、それは「松果体窓」があるという。サケ・アユ・ニシン・ハダカイワシ・コイの仲間などに松果体窓が見られる。また、頭甲類や、一部のサメ類のように、そこに孔が開いていたり、カツオ・マグロ類のように筒状によく発達するのは、松果体窓の顕著な例である。
■魚類の松果体の機能は、よく分かっていない。1911年に両眼を摘出した魚の頭部周辺を光照射し体色黒化がおこることを確かめ、松果体の光感覚機能がはじめて示唆された。1963年にはニジマスの松果体から光に反応する電気応答が記録されて、光感覚機能が証明された。松果体には両眼のような視覚、つまり色彩や形態などの識別能力はないのだが、環境の光強度の識別はできる。その光の明暗情報から、体色変化や生殖腺を制御するホルモンを分泌し、光行動反応を起こしているらしい。また最近になって、体内時計と松果体には密接な関係があるらしいということが分かってきている。
■松果体をおおう皮膚には@色素胞がなく透明か半透明のもの。A不透明で光が通過しにくいと思われるもの。B色素胞の伸縮により通過光量を調節できると思われるもの。などの型があるという。@の型の魚類は強い走光性を示し、Aの型の魚類は光を嫌うという。松果体窓のある魚類は、光に向かって走るのだ。
■カツオ・マグロ類は、表面から見ためには分からないが、額の皮膚に半透明部があり、その半透明部がある前頭骨中央部から松果体にいたる筒状の腔がある。これを松果体筒ともいう。黒潮の中を大回遊しているカツオやマグロたち、彼らは「もうひとつの眼」で、しっかりと太陽を見すえながら泳いでいる。このことが、彼らの行動に大きな役割を果たしているといわれているが、実際に、どうなのかはよく分かっていない。
            ■
■多くの生物は活動期と休止期からなる生活のリズムを持っている。このリズムが昼夜をサイクルとすると24時間リズムという。太陽などを分からなくして24時間という時間的手がかりのない状態にしても、生物のリズムは続くことがある。このリズムが24±4時間の場合サーカディアンリズム(概日リズム)という。このサーカディアンリズムは約24時間で作動する自立的、内因的な「振動体」で制御されており、この「振動体」を生物時計、あるいは体内時計という。魚類の体内時計は一般的にはかなり不安定らしい。くるいやすい「時計」なのだ。
            ■
■太陽コンパス定位をご存じだろうか。ミツバチや渡り鳥では有名であり、サケ科魚類の海洋での大回遊を支えるのも、これではないかという説がある。1960年にブルーギルの幼魚を使って、実験的に方位の決定に太陽光を使っていることが証明された。太陽光で方位を知るには「時計」もいる。サーカディアンリズムが、この方位決定に関与しているらしい。ただし、サケの大回遊も、マグロの大回遊も、実際になにで方位を決定しているかはまったく分かっていない。地磁気だという説もある。
            ■
■ヒトはどうなのだろう。デカルトは、ヒトの松果体を「精神の座」と考えた。第3脳室にあり、扁平で、長さ8o、径5oほどの松の実状の小体である。7歳くらいまで、よく発育するが、それから退行傾向を示し年齢とともに石灰化物がたまる。この石灰化物はX線で明瞭に見え放射線医学では頭蓋の基準点にされる。ほかの脊椎動物同様、明暗変化に伴ってサーカディアンリズムに関係し、体色変化と生殖線に関与するらしい。
            ■
■賢いはずだぞ魚たち。脳を太陽に開いて、太陽を見すえながら、大海原を自在に泳ぎ回っているのだ。お天道さまと脳が、きっちりとつながっているのだ。
■ヒトは「もうひとつの眼」を頭の奥深くにしまいこんでしまった。そして、深奥の眼は「いし」になってしまったらしい。それでも光を感じ、何か叫んでいる。
■海辺の強い光を頭にあてて、われわれの眼を目覚めさせなければ。そして謙虚に魚たちに教えてもらおう。
■この水惑星のリズムを。
■太古変わらぬリズムを。

初出●『磯釣りスペシャル』1999年7月号

[233] 魚あれこれ>匂いと味…嗅覚と味覚について 
2002/2/17 (日) 09:52:43 小西英人
 魚の嗅覚と味覚について書いたものを転載しておきます。

 この『魚あれこれ』シリーズは、ちょっと難しいのかな。

                           英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典H

それは臭いよと泣いている! のかもしれない
匂いと味■

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■海を見つめ、動かない浮子を眺め、太陽に馬鹿野郎と叫びたい衝動に駆られつつ、ゆったり煙草をふかしていて、ふと思った。そうだそうだ。これで釣れないんだ。なんでいままで気がつかなかったんだろう。ニコチンは猛毒なのである。そんな猛毒をたっぷりとつけた指で餌をつけたりしたら「あっちいけ、おまえとは遊んでやんないよ」って魚にいっているようなもんじゃないのか。魚の「鼻」って、とっても利くはずだぞ。
■わっはっは。魚が釣れないのは、やはり腕ではなかったんだ。この煙草さえやめられればね…。
            ■
■魚の嗅覚と味覚をあわせて、化学的感覚という。どちらも化学物質に対する感覚だからである。ヒトが匂いとして感じるものは魚も匂いとして感じ、ヒトが味として感じるものは魚も味として感じると思われていた。しかし、ヒトが感じるのは空中であって水中で水に溶けたひとつの「化学物質」を魚は匂いとしても味としても感じとっている。魚のこの感覚を明確に分けるのは難しい。餌に対する魚の行動を、匂いで起こしたものか、味で起こしたものか分けにくいのだ。魚の嗅覚中枢は「終脳」にあり味覚中枢は「延髄」にある。解剖学的にはふたつは違う。しかし実際に分けるのは難しいのだ。
            ■
■ふつう魚の鼻孔は口の上、眼の前の左右にある。鼻孔はふたつあって、前のものを前鼻孔、後ろのものを後鼻孔という。魚が泳ぐと前から水が入って後ろから抜ける「トンネル」になっている。哺乳類のように口とはつながっていない。メバルのようにあまり泳がない魚は副鼻腔が鰓の呼吸運動にあわせて広がったり狭まったりして水流を起こす。鼻腔には嗅房があり、これは嗅板という「ひだ」が集まり、その「ひだ」にはいっぱい繊毛があり、その繊毛の間に匂いをとらえる感覚細胞がある。魚はそれで化学物質を感じとって「匂って」いるのだ。
            ■
■味は味蕾で感じる。魚もヒトと同じだ。魚が違うのは味蕾が口の中だけでなく「ひげ」や鰭や体表にまであることだ。魚類の味蕾は体表、ひげ、鰭などの外表面と、口腔内上皮、鰓、食道などの内表面に分布している。外表面、唇、口腔内上皮の一部は顔面神経に支配されていて「顔面味覚系」といい、他は舌咽−迷走神経に支配されているから「舌咽−迷走味覚系」といわれる。顔面味覚系は餌の探索と口の中への取りこみ、舌咽−迷走味覚系は餌の呑みこみと吐きだしに関与するという。このふたつの味覚系は異なった感受性を持つようなのだが、いまのところ詳しくはわかっていない。
            ■
■4基本味質というのがある。甘味、鹹味、酸味、苦味だ。甘い、塩辛い、酸っぱい、苦いである。この基本を配合したら、あらゆる「味」がつくれると考えられていた。ところが「アミノ酸」などの生物組織成分も味覚として研究されはじめ「旨味」なども、このごろは独立した「味質」として注目されている。コイやナマズの淡水魚は、4基本味質に感受性を持つことが1960年代には分かってきていたが、いろいろ調べてみると魚類の味覚の「応答性」は哺乳類とは、かなり異質なものであり魚種によってかなり違う。また海水魚は淡水魚とも違った。そして多くの魚種で生物組織成分に、よく応答した。たとえばシマイサキの味蕾は、生物組織成分であるアミノ酸のグリシンが、10万トンの水に茶匙一杯あれば感じとれる。一般に嗅覚は遠くのものを感じ、味覚は接触したものを感じると思われていたが、一部の魚種では味覚でも遠くのものを感知できることが分かってきたのだ。
            ■
■アミノ酸はヒトには無臭の物質である。揮発性の低いアミノ酸に魚類の嗅覚器が高い感受性を持つなどと誰も想像していなかったのだが、嗅覚もアミノ酸への感度が高いこともわかってきた。味覚と嗅覚を比較してみると嗅覚の方が味覚より感度が高いこと、嗅覚ではアミノ酸に対する感受性が魚種によってあまり変わらないこと、味覚は魚種によって感受性がかなり変わることなどから嗅覚は離れたところにある餌を探しだして近づくために重要であり、味覚は餌と接触して口の中に取り込み、それを呑みこむか吐きだすかの判断をするのに重要なのではないかといわれている。大海原に「ぽつん」とある小さな小さな餌を、魚が喰うのって、いつも不思議であった。アミノ酸って。まあぶっちゃけていえば「餌の汁」である。ほんの微量のそれを、高感度の味覚と嗅覚で追いかけることができるのが魚たちなのだ。ぼくたちは腕で釣っていたのではなかったのだろうか。
            ■
■アメリカナマズを研究したアテマは、匂いは記憶できるが味は記憶できないことを示した。そしてキハダで実験をした。いつもの餌には活発に反応するのに餌を変えると反応は弱まり二カ月後に反応は強くなったという。それを、魚は匂いにより「餌」を「化学的イメージ」として学習し、その化学的イメージにあった匂いに刺激されると餌をとろうとするのだろうと考えた。
■味の好みは変わらんけれど、匂いは「勉強」できて変えられまっせということだろうか。
■「撒き餌」釣り、一種の「飼いつけ」のような釣りの場合、餌は、いつも撒いているものでなければ、なかなか難しいということは、釣り人は体験的に知っているだろう。変わった餌をたまに欲しいのではないかなどと持っていったりしても、なかなか「合わない」し、どこかで爆発的にきく餌だからと、密かに持っていってもなかなか「合わない」ことが多い。それでも何かのきっかけで、みんなが一斉に餌を変えて辛抱すると、それがいい餌になったりする。こういう魚の「保守性」というのは「匂いの学習」に時間がかかるからなのだろうか。
            ■
■鹿児島大学の川村軍蔵博士は『魚との知恵比べ』という本の中で夏に水槽水が泥臭くなるのはジオスミンと、MIBという2種の化学物質のためで、生活排水などで水の汚染が進んでしまうと放線菌がこの化学物質をつくり魚が臭くなるのだと書いている。ひどい悪臭なのに、魚が逃げないのは、匂いを感じないのかもしれないと実験したら、コイ、ニジマス、ティラピアの嗅覚でヒトの103〜105倍、味覚で10倍の感度があったという。
■魚は匂いに鈍感なのでは決してなかった。とても「よく感じて」いるのに、ただ逃げださないというだけだったのだ。なんとも凄まじい話ではないか。
            ■
■松の事は松に習へ竹の事は竹に習へと芭蕉はいった。魚の事は魚に習わなければ。魚の「化学感覚」を、さまざまな行動実験で研究者は魚から習おうとしている。
            ■
■煙草を吸いすぎ、ついに「ばち」があたった。肺気腫になったのだ。手術した。痛くて痛くて辛かったけれど「禁煙」できた。よし釣れるぞ。なのに釣れない。まったく釣れない。なんで、なんで、なんで、なんで?

初出●『磯釣りスペシャル』2000年11月号

[351] 魚あれこれ>ふぐ毒…知られているようで 
2002/3/13 (水) 06:33:59 小西英人
 ふぐ毒。みんな怖いと知っているけど、それならどういうものかと聞かれると、ほとんど知らないでしょう。

 ふぐを食べる日本では古くから研究されていたのですが、ほんとうのところが分かりかけてきたのは、やっと近年のことです。

 それは泥の中にあったのです。

 今回の魚あれこれは、知られざるふぐ毒を転載してみます。

                             英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典F

それは泥の中から命を狙う! のかもしれない

ふぐ毒■

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■瞳孔は開き眼球さえ動かせない。「脳死」の状態になっているのに意識は「はっきり」している。ああああああ…呼吸ができないよう…死んでしまうよう…。そんなめに遭いたくなかったら「ふぐ」には気をつけよう。
            ■
■ヒトという動物は「言葉」の動物なのだろう。なんとなくでも、しっかりした「言葉」さえあれば、いたく安心して「理解」したと思いこむ。いつやら、ふぐの毒って、ようわからん…、なんてつぶやいていると、めちゃくちゃ馬鹿にされたことがあった。なにいってるのん、あれはなあ「テトロドトキシン」なんやでえ。
            ■
■Tetraodontidae というのがフグ科の学名だ。「テトラ」はギリシャ語で「四」のこと、釣り人おなじみのテトラポッドも意味は「四脚」になる。「オドント」はギリシャ語で「歯」であり、「四枚歯」という意味。フグ科の上下の顎の歯は大きく「くちばし」のようになり、中央に縫合線がある。きれいな四枚歯なのだ。
■「トキシン」はギリシャ語で矢毒のこと、いまは動植物が持つ猛毒の「毒素」という意味で使われる。テトロドトキシンとは「四枚歯毒」という意味しかなく「ふぐ毒」と言うのと同じなのだ。薬学では TTXと略される。TTXとは、1909年に田原良純博士により分離、命名され1950年にはじめて結晶化され、1964年になって構造が解明された。動物毒に多い「たんぱく毒」ではなく、植物毒のアルカロイドに似た低分子量の毒であった。
            ■
■動物毒は「神経毒」が多い。神経はナトリウムチャンネルで電気を起こし、伝達するが、このナトリウムチャンネルを遮断するのが「神経毒」であり、筋肉は麻痺して動物は倒れる。ふぐのTTXもナトリウムチャンネルを遮断する。それで、骨格筋が麻痺し、続いて心臓の筋肉が麻痺する。症状でいうと食後20分から3時間で唇や舌が痺れ、それから指先が痺れてくる。頭痛や腹痛が伴うこともある。あと、歩行困難、嘔吐、知覚麻痺、運動麻痺、発声不能、嚥下困難、チアノーゼ、血圧降下、反射消失、呼吸困難、意識混濁などがあらわれる。意識がなくなると呼吸停止し、やがて心臓も停止する。致死時間は1時間半から8時間で、4〜6時間で死ぬことが多い。死因は呼吸麻痺と血圧降下。症状がでると、とにかくはやく救急設備のある病院に運び、人工呼吸器をつけて血圧の昇圧剤をつかえば、およそ10時間で筋肉の麻痺が回復しはじめ、20時間以内に自発呼吸ができるようになるという。回復するとTTXは排泄されて後遺症はない。
■このように筋肉の神経伝達を遮断する毒だから脳死のように見えて、意識がはっきりしている場合もあるという。軽い中毒にかかった人は、車を運転していると明かりがぼやけ「変だな」と思ううちに首が固定できなくなり足も動きにくく、命からがら親戚の家にとびこんで眠ってしまった。翌日、うそのように元気になった。
■内臓の筋肉である平滑筋は神経伝達をカリウムチャンネルでおこなっているようでTTXでは麻痺しない。一撃で骨格筋を麻痺させ敵を倒し、その間に逃げる。猛毒。強烈かつ一過性。動物の神経毒の特徴である。
■TTXは青酸カリの1200倍以上の毒性がある。1972年から1986年の15年間でふぐ中毒の患者は917人、そのうちの253人も死んでいる。この間、ほかの魚介類による中毒の死者は3人だけだ。治療法がわからなかった時代のふぐ毒の死亡率は高かったが、いまは減少している。
            ■
■1945年に九州帝国大學の谷巌博士は北九州産のふぐ類を中心にマウス試験法で季節別、部位別の毒性を克明に調べ「日本産フグの中毒学的研究」を発表した。これが有名な「谷のフグの毒力表」である。ところがふぐが海外から大量に輸入されるようになり、毒力表があわなくなって厚生省は1983年に「安全に食べられるフグの種類と部位」を発表している。いまはそれが基準になっている。とにかく毒があったりなかったりするから難しい。たとえば谷の毒力表でトラフグをみてみよう。
■卵巣=猛毒。
■精巣=無毒。
■肝臓=強毒。
■皮=無毒。
■肉=弱毒。
■その調査個体数と有毒個体数をみてみよう。
■卵巣=16個体中16個体。
■精巣=4個体中3個体。
■肝臓=20個体中20個体。
■皮=20個体中18個体。
■肉=20個体中2個体。
■このようにばらつきがある。TTXは食物連鎖でふぐに蓄積される。だからTTXの量は、その種、その部位、その季節、その場所により違う。これは大丈夫だと、いつも食べていたのに「あたる」こともある。また、ふぐの同定は難しく、分類の専門家でも泣く。「まがい」などと呼ばれる天然交雑種も多くて、それの毒力など誰にもわからない。たとえばシロサバフグは無毒で食べられるというが、これに似る有毒種はかなり多い、絶対に素人同定をしないこと。そして料理はプロにまかせよう。
            ■
■TTXをつくる犯人は最近になって、やっとわかった。
■海洋細菌である。それもかなりの種の海洋細菌がTTXを生産していた。そして海洋底を調査してみると、浅い東京湾の海底からも、8000mの深海底からもTTXを含む泥が採集されたという。海の底はTTXに満ちていたのだ。
■海底には有機物を含む泥がある。この泥を、デトリタスといい、これを食べる生物は多い。魚のような大型生物でもデトリタス食性を持つものがいる、有名なのはボラだ。この「泥」が食物連鎖により、おもにふぐに蓄積されるのだが、なぜ、ふぐだけが蓄積されるのか、どうやって蓄積されるのか、わかっていないことが多い。
■フグ科の魚には、ほとんどTTXがある。あとハゼ科のツムギハゼだけTTXを持つ。フグ亜目のウチワフグ科、ハリセンボン科、マンボウ科はTTXを持たない。ハリセンボン科は、ふぐに見えるので嫌う人が多いがハリセンボン、ネズミフグ、イシガキフグなど大型になり、沖縄地方では鍋にして食べる。かなり美味しいという。フグ目ではモンガラカワハギ亜目のハコフグ科がふぐに似ていると敬遠されがちだが、パフトキシンという体表粘液毒は持つが強い毒ではなく、肉は無毒で美味しい。
            ■
■食べられてしまってから敵を殺しても「丸損」やないか…というのも、長い間、ふぐのTTXの謎であった。ところが、ふぐにストレスを与えると体表からTTXを多量に放出するということがわかってきた。生物はTTXを嫌うようだ。海鳥はふぐをくわえてもすぐにはなす。
■マコガレイとクジメを釣り場で「ぶた猫」に失敬されたことがある。そのときヒガンフグには知らん顔した。TTXは動物の忌避物質であるらしい。ヒトが忘れ「ぶた猫」さえ忘れていない、何かがTTXにはあるのだろう。

初出●『磯釣りスペシャル』2000年7月号


[381] 魚あれこれ>シガテラ中毒…得体の知れない毒 
2002/3/24 (日) 10:30:16 小西英人
 ふぐ毒に続いては、得体の知れない毒、シガテラ毒についての話を転載しましょう。小笠原のイシガキダイなどでシガテラにやられた釣り人は増えています。とくに南の楽園にいくと、どこで、どう、やられてしまうか、わかりません。

 ふぐ毒の200倍も強いのに、ほとんど死亡例はないという、知られざる毒について迫ってみます。

                           英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典A

それはヒトに復讐を始めた! のかもしれない
シガテラ中毒■


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■ヒラマサ、カンパチ、イシガキダイ、オニカマス、ロウニンアジ、ハタ類、フエダイ類、ベラ類、サメ類、ニザダイ類、ウツボ類、ブダイ類、カワハギ類…。
■これらから何を想像するだろうか、わかるあなたは酸いも甘いも噛み分けた「磯師」だ。わからない人は「ひよっこ」だ。離島遠征など、ひとりで行かないこと。
            ■
■意地悪をいわずに書いてしまえば、みんな「毒魚」である。いや、正確に書けば「毒」を持っていないこともない。そしてその毒は、あらゆる海洋生物の毒のなかで「最強」の毒であり、密かにあなたを狙うのだ。
            ■
■カリブ海にシガと呼ばれる巻貝がいる。このシガによって引き起こされる食中毒のことをシガテラ ciguateraといった。いまでは「熱帯および亜熱帯海域の、おもに珊瑚礁周辺にすむ魚によって起こる、死亡率の低い食中毒の総称」を「シガテラ」というようになった。
■シガテラは北回帰線と南回帰線にはさまれた、カリブ海、太平洋、インド洋などの広い海域で発生し、世界中で20000人以上の人が毎年中毒しているといわれる。日本では琉球列島や小笠原、伊豆諸島に多い。
            ■
■シガテラ毒素は、最近になってやっと大筋が見え始めた。この中毒のややこしいのは、同じ魚でも場所によって毒があったりなかったり、季節によってもあったりなかったり、とにかく、その条件によってまったく違ってしまう。また、同じ魚でも特大級になると毒があるということが多い。こういう「ふるまい」をする毒は食物連鎖によって濃縮される「毒」のことが多い。しかし「誰が」つくる毒なのか長いことわからなかった。
            ■
■渦鞭毛藻、または渦鞭毛虫とも呼ばれる生物がいる。動物か植物かさえわからない謎の生物であった。
■単細胞生物なのに、外部形態は変わっていて変異が多い。そして葉緑体を持つものが多く、そのために藻類、つまり植物だと思われていた。しかし、DNAの解析から、渦鞭毛藻類は大きくいえばゾウリムシやマラリア病原虫などに近い原生動物だと最近わかった。回転しながら渦のように泳ぐのでギリシャ語の渦巻き、回転の意味の dinesから、英語ではダイノ dino と呼ぶのだが、一般に、なじむ名前さえない大きな「動物群」である。
            ■
■シガテラ毒素は渦鞭毛藻がつくる。いちばんはじめに分離された毒はシガトキシン。毒性の強さは実験動物の半数が死亡する「半数致死量」であらわすことが多いのだが、マウスの半数致死量でシガトキシンは「ふぐ毒」のテトロドトキシンの約20倍も強い。シガテラ毒素のひとつとされているマイトトキシンは、半数致死量はシガトキシンの約9倍、テトロドトキシンの約200倍もある猛毒で、いま知られている海産生物毒で最強である。
■それほど強い毒なのに、「シガテラ中毒」の死亡例が少ないのはなぜか、わかっていない。スカリトキシン、シガテリンなどの毒も知られていて、シガテラは複数の毒が混じると思われる。1993年にマダガスカル島で起こったメジロザメの仲間による中毒では188人が入院し、そのうち50人が死ぬという大惨事になり、未知のシガテラ毒素の中毒かもしれないといわれている。
            ■
■シガテラ中毒による死亡例は日本ではないと思われるが、現在までに5人の死亡例が知られているのがアオブダイ中毒。これはパリトキシンという、マイトトキシンが分離されるまで最強とされた毒による中毒で、シガテラとは症状が違うので分けられていたが、同じように渦鞭毛藻によってつくられた毒素と最近わかってきた。
■1986年11月23日、三重県尾鷲市三木浦の漁港で漁師から購入した約5sのアオブダイを、愛知県津島市の54歳の釣り人が持ち帰った。これを刺身、切身と肝臓の煮付け、切身のみそ汁にし、釣り人と79歳になる、その義母が食べた。翌日、全身の筋肉痛、発語障害などが起こって、釣り人は一時重症になってしまうが、一カ月半の入院後に無事退院した。義母は食べて四日後に筋肉崩壊による呼吸停止により死亡してしまった。
            ■
■シガテラ毒の例では、沖縄県の那覇市立病院の11例の報告をみると、沖縄で「みーばい」と呼ばれるハタ類での中毒がほとんどで、有名なシガテラ毒魚のバラフエダイは1件、イシガキダイが1件。神経症状はドライアイスセンセーション(冷たいものを触ったり飲んだりすると、火傷したような感じになったりぴりぴりと痛かったりする異常感覚のこと)と手足の痛み。あとは痒み、頭痛、手足のしびれの順に多かった。これらの症状は食べた翌日か、翌々日に出る。腹部の症状は下痢、悪心、嘔吐、腹痛の順に多く、平均して7、8時間後に発症している。あと低血圧になったり、冷汗をかいたりする。症状は数週間でおさまるが、数カ月続くこともある。
■シガテラ中毒の治療にはマニトールがきくとされるが24時間以内に投与しないと効果が落ちる。そしてドライアイスセンセーションは24時間以上たってから発症することが多い。魚を食べて数時間後に下痢や悪心があれば冷たいものを触ってドライアイスセンセーションを試してみよう。もし「シガテラだ」と思っても普通の病院ではシガテラを知らない。沖縄に問い合わせてみるようにたのまなければいけない。愛媛と東京で小笠原諸島で釣れたイシガキダイのシガテラ中毒があったが、病院で原因がわからず「シガテラ」にたどりつくまで、かなり苦労があったようだ。このときの報告では、何カ月も仕事もできないくらい手足が痛み、不安であったという。
            ■
■渦鞭毛藻は、さまざまな細胞と共生することでも知られ、どこに、どういう形で潜んでいるかわからない。
■珊瑚が死滅すると周辺生物が毒化する、つまり有毒渦鞭毛藻が増える。南の島の都市化、港湾工事、大量の降雨、はたまたムルロア環礁の核実験など、珊瑚がやられると、いままでなかった毒が急にでてくる。
■1975年、尾鷲で日本初の有毒プランクトンによる赤潮が発生、アサリとムラサキイガイが毒化した。それから麻痺性貝毒などの毒が問題化している。これも渦鞭毛藻の仕業だ。北アメリカのチェサピーク湾では、観光に来た親子が川に入っただけで、原因不明の病気に長く苦しめられ、空気を吸った研究者や漁師が記憶を喪失してしまうような病気に苦しめられるという「怪事件」が多発した。『川が死で満ちるとき−環境汚染が生んだ猛毒プランクトン』(ロドニー・パーカー著、草思社)に詳しいが、これも渦鞭毛藻の仕業である。どこかに潜んでいた「殺し屋」たちが、環境汚染の富栄養化で目を覚ましてしまい、魚を殺し、人への攻撃をはじめたのだ。
            ■
■シガテラを防ぐ王道はない。地の人とよく話して「海人の知恵」を身につけ、地の人が食べないものは食べない。謙虚に海と共生しなければ、磯師とはいえない。


初出●『磯釣りスペシャル』1999年9月号

[382] 魚あれこれ>聴く…聴覚について 
2002/3/25 (月) 19:03:06 小西英人
 このBBSの兄弟BBS、「すなはまBBS」でシロギスの聴音が話題になりました。

 シロギスではないのですが、アオギスやモトギスには、鰾(うきぶくろ)に枝状に発達した複雑な側突起があり、これは聴音に関係していると思われます。この転載した文章にでてくる「聴音スペシャリスト」だと思われるのです。

 こういう体構造を持っているために、アオギスは音に敏感で、船でねらっても船縁をたたく波の音を嫌うと言われ、江戸前の脚立釣りなどを釣り人は工夫したのでしょう。アオギスも偉いけど、釣り人も偉い。そういう工夫を絶滅によってなくしてしまった、釣り人でない、ただのヒトは、あほだなあ。

                          英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典G

それはすべてを聴いている! のかもしれない
聴く■

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■「ちょっと弁当でも食おうかな。ちっとも釣れへんもんな。魚いいひんのやろ…」なんて大声で言ってみることはないだろうか、とくに石鯛など釣ってるときに。
            ■
■魚は「そっと」聞いているのである。君が竿尻を離れのんびりしたとき竿は舞いこむのである。恐るべし「地獄耳」の魚たち…、よし裏をかいてやろうと大声で言ってみて竿尻を「離れたふり」をすると…。こんな、しょうもないこと考えるようになると、その日の釣りは「君の負け」だもんね。ほんと負けてばかりだ、ぼくは。
            ■
■冗談はさておき、魚は「聴こえて」いるのだろうか?聴覚とは水や空気の中を伝わる「波」を適刺激とする機械的な「感覚」のことで、視覚に比べて系統発生上はるかに「遅れて」出現してきた「感覚」である。そのためなのか脊椎動物と昆虫類にしかないとされている。
■音を「ただの振動」ではなく「音」としてとらえるためには、周波数を聞き分けられるということが重要になるのだが、動物に周波数の弁別能力があると実証されたのは魚類だけで、それも1992年と最近のことだ。それまで、魚は「音」を感知できないとか、音の方向感はないという議論さえあった。魚の聴覚がやっと「見えはじめた」のは、つい最近のことなのである。
            ■
■魚が「音」を感じる器官はふたつある。このふたつの器官は卵から発生のときに、同じところから分化していくので、「聴・側線系」とまとめられる。
■ふたつとは、「側線」と「内耳」のことだ。
■「内耳」なら知っているぞ。「耳」のことなんやろ。だけど側線って体の横を走っているただの「線」のことやろ。なんで線で音が「聴ける」んやと叱られそう。
            ■
■側線とは魚の体表を縦走する「細い管」のことで、ふつうは左右の体側中央部に1本ずつある。多くは鱗に孔が開き、それが点々と連なって「線」に見える。この側線管の管内には「感丘」と呼ばれる器官があり、そこで水中の振動によって起こった水粒子の変化や圧力変化を感じとる。この感丘には「有毛細胞」と呼ばれる「毛」がある。この毛は1本の長い「動毛」と30〜40本の短い「不動毛」のセットになっており、振動などの水流により不動毛が動毛の方向に歪んだときだけ「スイッチ」が入って神経に伝達されるという方向性を持った、精妙な「センサー」になっている。管内にはリンパ液が満たされており側線孔からの「水の動揺」が伝わってくる。
■魚の発生初期の「感丘」は、すべて遊離感丘といってばらばらの状態になっている。それが皮膚内に沈下し孔のように見える「孔器」となり、その孔器が管で横につながると「管器」と呼ばれる。ふつう管器は体側の側線管と、頭部の眼の周りや鰓蓋のところに発達する。流れの少ないところで、ゆっくり泳ぐ魚には孔器が多く、流れが激しく活発に泳ぐ魚では管器が発達する。この管器と孔器をふたつあわせて「側線系」というが、この側線系の一部が体内深くに落ちこみ渦巻き状に複雑に変化したのが「内耳」なのだと考えられている。
            ■
■魚に内耳があるのだといえば「耳の穴」ってどこにあるのと、よく聞かれるが、そんなものはない。外耳と中耳、それに鼓膜や蝸牛管などは魚にはない。「内耳」だけが頭の奥深く耳殻のリンパ液の中に浮かんでいる。左右ふたつの内耳には三半規管がある。前後、左右、水平の直交する3平面にリング状の管があり迷路になり、それぞれカルシウムからできている石がある。年齢査定などに使われる「耳石」だ。この石は側線系と基本的には同じ有毛細胞の上に乗って加速度を検出するセンサーになっている。体の平衡感覚は、この石と毛によって保たれるのだ。船酔いに苦しむあなた、この「センサー」がちょっと敏感すぎるだけなのだ。けろっとしている奴らは鈍感なだけなのだ。気にすることはないよ。
            ■
■「聴音スペシャリスト」ってご存じだろうか?
■オーディオ専門なのだろうか、作曲家なのだろうか。違う、コイとかナマズなどの仲間のことをいうのだ。
■「骨鰾類」って聞いたことがあるだろうか?
■「こっぴょうるい」と読む。鰾とは「うきぶくろ」のことであり、骨でできた「うきぶくろ」などを想像してしまうと沈みそうで、ちょっと困ってしまうだろうが骨とはウェーバー骨片という小さな4個の骨のことで、鰾と内耳がこの骨でつながっており振動が伝わるようになっている。このウェーバー骨片をもつグループを骨鰾類と呼ぶ。コイ目、ナマズ目などがそうなのだ。
■振動板が水の中で前後に動くと音波が発生する。水中では1秒に約1500mという空気中の音速の5倍に近いスピードで伝わる。この音波の圧力変化を「音圧」という。音圧は魚体を振動させることはできないが気体に満たされた鰾を振動させることができる。鰾のある魚は音圧を感じ、鰾のない魚は音圧を感じとれない。カレイ類、アイナメ類など、鰾がないので遠くの音は聞こえない。
■この鰾の振動を内耳に骨で伝える骨鰾類や、鰾の前端から一対の細長い管がのびて内耳に届いているニシン科やイットウダイ科など、音に対して特殊な構造を持つ一部の魚種のことを「聴音スペシャリスト」と呼ぶ。
            ■
■音源が振動すると振動面に接している水粒子は前後に動く、この粒子運動は音源近くで大きく、離れると急激に減少する。この「粒子運動」を感じとるのが側線系なのだ。魚は側線系という水力学的センサーと、内耳という音響的センサーを備える。「側線系」は近くの低周波音を聞き、内耳や鰾からなる「聴覚系」は遠くからの音を聞き可聴帯域も広い。このふたつの「聴・側線系」センサーからくる信号を処理するのが魚の「水中聴音」である。実際には、水中の音は複雑であり、センサーも処理も複雑であり、よくわかっていないことの方が多い。たとえば水中の音速は速く、左右の内耳の間隔は短いので、音源の方向を知るのは無理だろうと解剖学的に思われてきた。しかし、音の方向を探り、逃げたり、集まったりすることは、よく知られている。なぜなのか、諸説あるが、まだはっきりとはわかっていない。魚の「聴音能力」というのは、理論をはるかに上回るのだ。
            ■
■山屋は「ハーケンが唄う」とよくいう。ハーケンを岩に打ちこむとき「がんがん」と鈍い音のあいだはハーケンは「きいて」いないのだ。「かんかん」となり「きいんきいん」と高音になってきてハーケンが唄いだせは、それは「きいて」おり安全なのだ。石鯛のピトンを打ちこむとき、ピトンが唄いだすと嬉しいのだが、ふと聴かれていないか、逃げたのではないかと心配になる。
■石鯛にしたら、そんな「音」は脅威でもなんでもなくて、なんかしらんけど「奇特」なおっさんが、えらい、ええ餌を持ってきてくれて、たくさん撒いてくれはるという「おいしいおいしい」合図だったりしてね。

初出●『磯釣りスペシャル』2000年9月号

[473] 魚あれこれ>刺毒魚…痛いめをしないために 
2002/4/22 (月) 12:37:25 小西英人

 都会の海で子供たちと釣っていても、赤くてかわいいハオコゼや、黄色い筋が入って愛嬌のある…ゴンズイなどが釣れてくるよ。

 気をつけよう!

 ところで、刺毒っていったいなんなんだろう?

 今回の魚あれこれは刺毒がテーマ。      英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典D

それは大先輩の怒りである! のかもしれない
刺毒魚■

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■海は危険に満ち満ちている。釣りとは危険な遊びなのである。「アウトドアスポーツ」「フィッシング」なんでもカタカナにしてしまったら明るく楽しいなんて思っている人は大きな間違い。自然とは「剣呑」なものであってすきあらば「あなた」を殺そうとするのである。
            ■
■魚たちも可愛くはない。すべて「剣呑」なのだ。
■古生代シルル紀後期、4億年あまりの大昔に硬骨魚類は出現している。原始哺乳類の出現は三畳紀後期、やっと2億年前で、ほそぼそ暮らしていたのが6400万年前に恐竜が絶滅し大きな顔ができた。「裸のサル」として放りだされたのは、どんなに古くみても1000万年前。魚類とは「鍛えられた」時間がまったく違うのである。そんな魚たち、ただおとなしく「裸のサル」には食べられないぞ。すきあらば、あなたを倒そうとする…。
            ■
■というわけで、刺毒の話をしよう。刺毒ってなあに?いうあなた。「棘があって刺されて毒が注入されて痛いよお」というのを「刺毒」と、ここでは考えよう。そんなので死ぬの?というあなた。死ぬこともある。
            ■
■オニダルマオコゼをご存じだろうか。日本では奄美大島以南にすみ、サンゴ礁や岩礁の浅いところに潜んでいる。魚というよりは石にしか見えない変な魚で、そのため釣り人よりも水遊びの人やダイバーが踏んで事故になることが多い。このオニダルマオコゼの毒は、いまのところ刺されて痛む毒としては最強のものであり死亡例もある。毒性を魚1尾で殺せる体重20gのマウスの匹数であらわすと、オニダルマオコゼは11800〜26000匹になる。ハナミノカサゴは650匹、キリンミノは280匹、オニオコゼは230匹。けたがふたつくらい違う。それほど強い毒なのだ。ヒトの毒に対する「感受性」がもしマウスと同じなら、オニダルマオコゼ1尾で、体重60sのヒトを4人殺せる。オニダルマオコゼの背鰭の毒棘は14本あるので3本の棘の毒が体内にはいると死ぬ可能性がある。
            ■
■魚の刺毒はタンパク質からできている。ただ非常に不安定で、すぐに毒性が消えてしまううえに魚1尾あたりの毒もごく微量であり、研究は非常に難しく詳しいことは分かっていない。タンパク質でできた毒が、「痛み」をもたらし、「致死性」と「溶血性」をもたらす。ヒトが刺毒で死ぬこともあるのは、その毒性によるもの、異種タンパク質によるアレルギー性ショック、それに痛みによるショックなどが複雑にからみあっている。
■オニダルマオコゼの毒は強力なので、よく研究されており、毒も精製され抗血清も開発されて、オーストラリアでは「ストーンフィッシュ・アンチヴェノム」という市販薬にもなっている。この抗血清、日本のオニオコゼやミノカサゴにも、ある程度効くことが確かめられている。でも刺されてオーストラリアに買いに行くわけにいかない。刺毒魚にやられたら効く薬は日本にはない。
            ■
■「あなた」を狙う24本の「毒棘」って、な〜んだ?
■アイゴね。これ磯師の通過儀礼。このアイゴがふつうに扱えるようになれば「男」なんだ。刺されて泣いてから「一人前」になるという説もある。ぼくは刺されていないから「一人前」になれていないのだろうか。アイゴの棘にはすべて毒があり、背鰭に13本、臀鰭に7本、腹鰭に2本(×2ね)の毒棘がある。ぼくは「一人前」ではないから知らないけれど「死ぬほど」痛いとか「泣くほど」痛いとか、オーバーな訴えを聞く。実際どうなんだろう。ただ未解明の複雑なタンパク毒であり、感受性はヒトにより違うから、刺されて痛みが激しかったり、浮腫や発赤のある場合は大事をとって医者に行くこと。
            ■
■我慢できない場合の一般的な対処法を書いておく。
■傷口をきれいに洗い、できるだけ熱いお湯に1時間から1時間半、痛みがとれるまでを目安につける。これは痛みをのぞくのと血管の収縮を防ぐ。痛みに気をとられ火傷しないように、つける前に刺されていない方の手をつけて熱さを確かめること。激痛がとれなければ病院で局所麻酔をしてもらう。棘が残っていないかレントゲン検査もしてもらう。破傷風などの注射もしてもらう。
            ■
■毒腺がある…といえば、棘の根本に毒液の「袋」でもあるのだろうと想像するが、オニダルマオコゼなどの特殊な例をのぞいて、刺毒魚の棘の構造はとても簡単なものだ。ふつう鋭い棘があり、棘には溝があって毒腺はその溝に沿ってある。表皮に覆われ、毒腺から体表に通じる開口部や導管はない。毒腺は、ただ「ある」のだ。
■それでは、なぜ、ヒトの体内に「注射」できるのだろう。刺毒魚の毒棘は「刺毒装置」と呼ばれるが、それは棘が他の動物に刺さり、その衝撃で表皮が破れると、毒腺も破れ、流出した毒が傷口から流入するのだ。
            ■
■魚にはぬるぬるがある。「粘液」である。表皮に粘液細胞という細胞があり、そこから分泌される。体表粘液は泳ぐときの水の抵抗を減らす(だから水着メーカーが魚のぬるを研究したりする)こともあるが、捕食者や微生物、寄生虫などから体を化学的に守る役目もある。魚の体表粘液にはレクチンと呼ばれるタンパク質が多く含まれており、これは微生物を凝集することになり、それにより生体の防御をしていると思われる。
■この生体防御を一歩進めたのが「毒」だ。ウナギ類はぬるぬるだが、この粘液1gで体重20gのマウスを2000〜8000匹も殺せる毒性があると最近になって分かった。
■ゴンズイの体表粘液にも毒があると分かってきた。ところがゴンズイの「刺毒装置」の毒腺は真皮の内側にあり、この毒腺を採取しようとすると体表粘液毒も混じって、どちらも免疫学的には似ており分離できない。
■1973年にオーストラリアのキャメロンとエンディーンは「魚類刺毒は体表粘液毒から進化した」という仮説をたてた。鰭の棘などが防衛のため発達し、そこに体表粘液毒が発達したのが「刺毒装置」なのかもしれない。
■毒が報告されていない魚でも鋭い棘で傷つけられてしまうと、ずきずき激しく痛むことがある。これらは体表粘液の「毒性」のためかもしれない。まだまだ隠された魚たちの「毒」はあるのだろうと思われる。
            ■
■魚を踏みつけてハリを外す癖のあるあなた、危ない。アカエイ、マダラエイ、ヒラタエイなどの棘は尾棘と呼ばれ尾に後ろ向きについている。これは両側が鋸の歯のようになっており、そこに毒腺がある。尾をムチのように振り回し、この大きな毒棘で傷つける。踏んづけてしまうと靴の上からでも足をざっくり切られる。この裂傷は、大怪我になることが多い。気をつけよう。
            ■
■エイ。アイゴ。ゴンズイ…。だいたい魚を踏みつけたりするのは失礼なんだ。地球の新参者の「裸のサル」としては、もっともっと謙虚にならなければね。

初出●『磯釣りスペシャル』2000年3月号

[669] 魚あれこれ>パラサイト…寄生虫について 
2002/5/6 (月) 07:16:54 小西英人
 魚をよく見ていると、また、ほかの動物も見えてきます。

 寄生というのもまた、動物の動物たるゆえんであって、人が人たらしめられたのも、寄生との戦い、そして共生へ、というような長い長い歴史のゆえだと思います。

 今回は、寄生虫を考えてみましょう。

                        英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典B

それは海の病気を警告した! のかもしれない
パラサイト■

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■すううううぅぅぅぅいいいいぃぃぃぃっ…。
■群青の海に橙色の浮子が吸い込まれる。至福のひととき、時がのびたかスローモーションの映像が流れる。
■ばしっ。
■絶妙のところで竿を立て、がつんと手応え。嗚呼、この一瞬のため、おっちゃんは生きてきたのだった。
■ごんごんごんごんっ。
■「命」が弾ける。魚だ、魚だ。大きさはどれく…。
■ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ。
■竿も、道糸も、一瞬に力をなくし、吹き込まれた躍動する「命」が、ふと抜けてしまった。ああ。なぜ。
■あれえ。あれえ。あれえ。あれえ。変な黄色い餌がついている。こんな餌つけた覚え、絶対ないぞっ!?!?!?
            ■
■そんな経験をした人がいるだろうか。マダイが餌を食って走ったけど、口の中に張りついている「タイノエ」にハリが掛かかり、やりとりしている間に剥がれた。
■鯛の餌、タイノエ。とても俗っぽい名だけど標準和名である。この「えさ」って、いったい何なんだ?
            ■
■イソポーダと呼ばれる大きな大きな動物群がある。ギリシャ語で isosというのは「同じ」という意味、podosは「脚」という意味、イソポーダ isopodaは日本語では「等脚類」と呼ばれる。節足動物門の甲殻綱に属し、もともとは海産動物で、生息域は海岸から10000mの深海にまでおよぶ動物群なのだが、淡水や陸上にもいる。フナムシやワラジムシ、ダンゴムシなどが有名だ。
■タイノエは、このイソポーダの仲間になる。
■「等脚」というように、この仲間は七対の胸部の脚が歩行肢になり、その形は似る。胸脚は本来は八対だが最初の一対は口器になることが多く顎脚と呼ばれる。
■タイノエはマダイの口腔の上に、ぴったり張りついていることが多い。これが雌で大きい。よく見ると、あと数個体いることが多く、これらは小さくて雄である。タイノエは雄性先熟の雌雄同体で、最初に寄生したのが大きくなって雌になり、次に寄生したものは雄のままだ。雌は腹部に「育房」と呼ばれる保育室を持っており、そこで卵を保育し成虫に近い形の幼虫を産出する。
■口器で宿主に傷をつけて流れでる血を吸う。宿主特異性というのがあり、タイ科魚類に寄生するのはタイノエだ。マダイにはけっこう寄生している。「どきっ」とするが、実害はない。宿主が小さいと、口腔が変形し、いびつになることもあるが、まったく心配はない。
            ■
■おなじような仲間に、サヨリの鰓蓋などにつくサヨリヤドリムシがいる。これは外側にひっついているので驚くが実害はない。体や鰭にくっついているウオノコバンというのもいる。これは二本の黄色縦帯が目印だ。深海にすむ魚によくつくのがグソクムシで、深海になると巨大種が増えてダイオウグゾクムシなど体長40pになるという。見たくないよね。これらがイソポーダの仲間。
            ■
■コペポーダと呼ばれる動物群もいる。やはりギリシャ語で copeというのは「櫂」という意味、podosは「脚」という意味、コペポーダ copepoda は日本語では「撓脚類」と呼ぶ。撓とは撓むという漢字で、木偏でも書き、不撓不屈などの熟語にも使われるが、撓めた木の意から「櫂」のこともいう。カイアシ類とも呼ぶ。胸脚を舟の櫂のように使って泳ぎ、この名がついた。節足動物門の甲殻綱に属する動物でミジンコがよく知られている。
■コペポーダは熱帯から両極地方、水深10000mの深海からヒマラヤの標高5000mまですむ。コペポーダや、その幼生は、重要な海洋プランクトン(plankton=ギリシャ語で漂うという意味)で魚の餌になっている。ヒトは知らず知らず、魚を通じコペポーダを大食している。このコペポーダ、稚魚を食べたり魚に寄生する種も多い。
            ■
■俗に「うおじらみ」とも呼ばれる「カリグス」というのがいる。学名の属名から、そう総称されるが、5o前後の大きさで、丸い頭胸部に小さな胸部や腹部がついているような形だ。魚の体表や鰓につく。
■細長い黒いボディに白い尾がついた紐というか、まるで「タグ」というか、そんなものが魚の体にぶら下がっていることがある。サンマにつくものはサンマヒジキムシと呼ばれるが、これらは、その学名の属名から「ペンネラ」と総称される。数センチから数十センチもある長いもので、寄生虫とは気づかないかもしれない。
■魚の目玉から、1pほどの、妙なものが出ていることがある。メダマイカリムシなどのイカリムシ類だ。
■これらが魚につくコペポーダと呼ばれる寄生虫で、形態はさまざまである。数センチから数十センチと、大きく目立つので、気持ちは悪いが人への害はない。
            ■
■ここまでは、魚の外部に寄生して、よく目立つ寄生虫(パラサイト)を紹介したが、すべて人に対しての実害はない。気持ちが悪いだけだ。このほかに魚体内に寄生する「虫」類、さまざまな動物群は多く、淡水魚や汽水魚は人に害のあるものも多く寄生し、生食はできないのだが、海産魚で人に害のある寄生虫は少ない。
■その数少ない害虫、アニサキスをみてみよう。
            ■
■アニサキスは線形動物門に属する、いわゆる線虫類、ぎょう虫とか回虫が有名だ。アニサキスとは、学名の属名から、そう総称される。アニサキスは海産哺乳類につく寄生虫で、卵は糞とともに海水中に排出され、オキアミ類や、魚などを中間宿主として生活し、海産哺乳類の体内で成虫になる。人は終宿主ではないのでアニサキスの幼虫は人の体内で成虫にはなれない。
■そのため、アニサキス幼虫を人が食べてしまっても、ふつうは排泄されてしまう。ところが時に、数匹の幼虫が、人の胃腸壁に侵入して苦しめる。いわゆる「幼虫移行症」と呼ばれるもので、激しい腹痛、吐き気、そして嘔吐が症状。幼虫の穿入部位により胃アニサキス症、腸アニサキス症などと呼ばれる。
■サバ、ニシン、スルメイカ、アンコウ、ヒラメ、イワシ、タラ、サケ、サンマなどの北洋回遊魚を生食するときは、魚をよく見て調理し、腹部の筋肉はあつく切り取って捨てる。腹部周辺の幼虫侵入率が、ふつうは九割以上と高いので、内臓は生食しない。十分に煮たり焼いたりしておくと幼虫は死滅する。冷凍の場合はマイナス20度で24時間以上冷凍する。簡単な冷凍では死なない。虫体は傷を受けるとすぐ死ぬので、よく噛んで食べる。鮮魚を放置すると幼虫は内臓から筋肉に移行するといわれる、なるべくはやく内臓を取り除いておくとよい。
            ■
■さまざまな「虫」も知っておきたい。海が健康なら魚も健康であり、魚が健康なら虫にひどくやられることはない。お互い、いままで生き抜いてきたのだから。急に寄生虫が増えたりしたらおかしい。海が病んだのかもしれない。寄生虫は海の「健康状態」を教えてくれる。

初出●『磯釣りスペシャル』1999年11月号

[675] Re:魚なにこれ! 
2002/5/6 (月) 11:20:34 西潟正人
寄生虫について、たいへん勉強になりました。重要なページは印刷してスクラップにしてますが、かなりの厚みになっています。
ところで、ブリやカツオの主に背側の皮下に、太さは番線(?凧糸、2〜3ミリ)程度の長さ1メートル以上の虫が丸まって隠れていることがあります。けっこう固いヤツがゆっくりと動くとかなり不気味です。
ありゃ、いったい何だべぇ?(三浦弁になってしまった)

[677] 寄生虫>ちょっと待ってね 
2002/5/6 (月) 11:30:30 小西英人
▼ 西潟正人さん

 寄生虫は苦手です。ぼつぼつ勉強していますけど…。

 いま、家なので、ちょっと文献がないので、あすにでも調べてみますね。

                           英人

[686] 寄生虫>ブリ>ブリ糸状虫 
2002/5/7 (火) 10:13:12 小西英人
▼ 西潟正人さん

 ちょっと文献を調べてみました。

 東京都が出している『魚介類の寄生虫ハンドブック』によると、ブリ糸状虫です。簡単に引用すると。

 ■ブリ、ハマチの筋肉に寄生する。
 ■春先に多い。
 ■筋肉内や皮下に長くのびて寄生し、蛋白分解酵素産生の細菌感染で筋肉が融解され、それによって生じた腔内に黄白色の粘液がたまったりする。商品価値を下げ、不快感があるので、販売業者や消費者からの苦情がある。

 のだそうです。写真で見ると長いですね。人体には寄生しません。

 この本、2巻あるのですが、東京都市場衛生検査所が編集しており、東京都の発行で、市場からの苦情で、いろいろ調べ、案内を書いているので、実学的でわかりやすい、いい本だと思います。

 ぼくが手に入れたときは、それぞれ、1240円でしたが、いまはどうでしょう。手に入れたい人は、下のところにいってみてね。

http://www.kenkou.metro.tokyo.jp/shokuhin/intro/intro.html

 『魚病図鑑』によると、ブリの筋肉線虫症と紹介してあります。簡単に引用すると。

 ■春先の天然ブリに多く、痩せブリにおおいといわれるが、外観ではわからない。
 ■筋肉の血合い肉に多く曲がりくねって存在する。通常は数匹程度。
 ■線虫類の、Philometroides seriorae というもの。読むとフィロメトロイデス・セリオラエになるのでしょう。この学名は、『魚介類の寄生虫ハンドブック』と同じ学名です。
 ■虫体は鮮紅色で円筒形。体長30〜40cmに達する。
 ■発見されるのはすべて雌、春から夏にかけて、成熟雌は魚の体表部に移動して、体の一部を魚体外にだして体を開裂させて子宮内の仔虫を放出して一生を終わる。
 ■生活環は未解明、有効な駆除薬も未知。しかし、夏には虫が出ていってしまうので自然治癒が期待される。

 などとなっております。

 体長は控えめに書いているようですが、ほかの文献を見るとかなり大きく、西潟さんのおっしゃるようにメーター近いのもいるようです。

 カツオについてはわかりませんでした。      英人

[688] Re:寄生虫>ブリ>ブリ糸状虫 
2002/5/7 (火) 10:52:18 西潟正人
ありがとうございました!東京都に本の問い合わせをしたところ、第2巻は品切れで、再版の予定はないそうです。大1巻は1240+送料310+現金書留封筒500だそうでした。都庁の三階北側へ、行ってきます。

[678] Re:魚あれこれ>寄生虫>アニサキス 
2002/5/6 (月) 11:32:49 宮本克己
▼ 小西英人さん

 忘れもしません、ちょうど3年前のGW直前、スーパーで購入の「カツオの刺身」を賞味、大阪ではあまり出回ってないでしょう、大変美味でした、ただ、これで話が済めば良かったのですが。

 それから約6時間後、就寝直後のこと、急に胃に差し込みが入り、最初は腹を冷やしたかと思いつつその痛みは増す一方、うつ伏せ、うずくまり、座り、立ち上がり、自分の腕を咬み…、どうにも痛くてまさしく「七転八倒」。

 結局一晩中一睡もできず、翌朝病院に赴いたところ、そうそう、それそれ、すぐにアニサキスの仕業とわかり胃カメラを使用のうえ摘出。

 後で見せてもらいましたが、長さは1センチで太さは1ミリくらいだったでしょうか。胃の映像、内壁のひだが吸いつかれたところで数倍に腫れ上がっておりました。ほんと痛かった。

 お医者さん曰く、「歯でかみ切ればこいつは死滅するので大丈夫、でも刺身やら寿司をクチャクチャ噛んで食べても美味しないからなぁ、よほど運がわるかったんかなぁ」…。

 今でもカツオはもちろん、サバも好んで食べます。食味が痛味より勝るのか、それとも学習効果がないのか。もしかしたら、カツオのたたきは「生活の知恵」が織り込まれているのでしょうか?

ps
 先日、福井県小浜で釣ったチダイの口腔にこの真っ白な「タイノエ」が大1つ、小1つくっついていました。てっきり釣り上げられる時に胃から吐き出されかかったものと思っていました。というのは以前カサゴの胃からウミケムシを摘出した経験がありますもので。

[679] 寄生虫>アニサキス>宝くじを… 
2002/5/6 (月) 11:48:26 小西英人
▼ 宮本克己さん

 『さかな大図鑑』のときに、おつきあいした研究者の高松史郎さん。大分生態水族館の館長で、いろいろ活躍されていたのですが、残念ながら、元日の不慮の火事でなくなりはりました。

 その高松さんが、ぼやいてはりました。

 健康診断で、胃カメラをのんだところ、医者が素っ頓狂な声を出して、みんなを呼び集めて、いろいろ感心して、歓声をあげていたらしいのです。本人は、太い管を口から入れられているから、苦しいし、何か分からない…。はやく終わらしてほしい…。

 あとで聞くと、アニサキスが胃の中でうごめいていて、それを見つけて、みんなで観察していたらしいのです。

 まだまだ、アニサキスなんて、だれも知らない頃で、よほど珍しかったのでしょうね。

 えらく、ぼやいてはりましたけど、何が言いたいのかというと、アニサキスは人には寄生できませんから、ふつうは胃に入っても出てくるだけなのです。まあ、反対に、向こうの方が苦しいのでしょう。だから、ほとんど実害は出ないようです。高松さんは、まったく知らなかったし、医者も観察して笑っただけで終わったようです。前の日にマサバかなにかを食べたといっていました。

 しかし、胃に潰瘍とか傷とかあると、アニサキスの幼虫も苦しいものだから、そこに入って暴れるヤツがたまにいるようです。

 だから、アニサキスを、たまたま生きたまま呑みこむのも珍しければ、呑んだからといっても、必ず苦しむわけでもないようです。

 宮本さんは、医者が言うように、珍しい例でしょう。

 宝くじでも買ってみれば?       英人

[684] Re:寄生虫>アニサキス 
2002/5/6 (月) 22:33:32 西潟正人
アニサキスは、実害の多い魚の寄生虫だと思います。
数年前までは希でしたが、横須賀市の衣笠病院内科医長の話しでは、この数年は倍増傾向にあるようです。
原因の一つにはサバやサンマなどを生食するようになったこと(いわゆるグルメブームで、地方の漁師だけの食べ方が都会にまで求められたことによる)、北海だけにあった腺虫が、温暖化した水温に耐えうるようになったからではないか?
カタクチイワシを成長度合いで大中小に分けると、大の背鰭の際だけにアニサキスが見つかります。三浦の漁師はデェナンボウ(大)だけは刺し身で食うなと言います。希にですが、シロギスやアカイサキにもアニサキスを見つけます。
わからないことは、最終宿主の海獣には、どのような状態(形態)でいるんでしょう?北の海だけとは、不思議です。
ちなみに、アニサキスが胃に入った場合。
5日間、苦しみに耐えられるならよし。普通人は2日目ころから痛みと睡眠不足で病院に行きます。ここで内視鏡を使って虫を取り出したら、手術です。保険をつかっても¥25000くらいはかかります。虫が流れてしまった跡だけなら、検査となって¥5000くらいで済みます。ちなみに、虫を取っても2日間は痛みが残ります。
昔は夏のサバが危ないと言われてましたが、今は一年中アニサキスとの戦いです。これも、温暖化のせいなんでしょうか・・・。

[685] 寄生虫>アニサキス>そか気をつけなければ… 
2002/5/6 (月) 23:56:28 小西英人
▼ 西潟正人さん

 なるほど。さすがに現場にいるだけあって生々しいですね。

 アニサキスが、増加傾向にあるのは聞いていますけど。あまり、ぼくの周りではないものだから、実感がありませんが、暢気なことを書いてはいけません。

 ごめん。みなさん、アニサキスには気をつけましょう!!

 なぜ北の海に多いのか…それは中間宿主がオキアミだからです。このオキアミを食べた魚が危ないのです。

 アニサキス症をインターネットで探すと、いっぱいありますね。

 参考になりそうなのをひとつ、urlをいれておきます。

http://idsc.nih.go.jp/kansen/k01_g1/k01_05/k01_5.html

 このアニサキス症の話を読んで、ちょっと驚いたのは、アニサキスも届け出になったのですね。そこだけ引用しておきます。

食品衛生法での取り扱い
 1999年12月28日に食品衛生法施行規則の一部改正(厚生省令第105号)が行われ、食中毒事件票の一部が改正された。これに伴ってアニサキスも食中毒原因物質として具体的に例示されるところとなった。従って、アニサキスによる食中毒が疑われる場合は、24時間以内に最寄りの保健所に届け出ることが必要である。

 あたらないようにしなければいけません。桑原桑原。

                         英人

[898] 魚あれこれ>遊泳…筋肉について 
2002/5/21 (火) 14:20:57 小西英人
 魚あれこれを、下から救いだしておかなければ、深く静かに潜行しているもんで…。

 このまえ不調の時のテストに使ったテキストなので、見た人もいるかもしれないけれど、あげておくね。

                           英人


■『磯釣りスペシャル』2001年3月号より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典 番外2

それは泳ぎながら泣いている! のかもしれない
遊泳■

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■ヒトとウオは似ている。そら共通の祖先から生まれてきた兄弟なのだから。しかし決定的に違うところも多いよね…。
       ■
■陸上を歩行する四足動物、われわれはいつも重力と闘わなければならない。水中に棲むと水の密度は大きいので大きな浮力を受けて、ほとんど「無重力」で過ごすことができる。そのため陸上動物は重力と闘うための筋肉が発達することになったが魚の筋肉、体側筋は前進のための推進力を発生したらよく、そのためにだけ発達している。
■魚の遊泳のための推進力は、ふつう尾鰭によってうみだされる。四足動物の四肢と同じ器官である胸鰭と腹鰭は平衡をたもつための補助器官になる。われわれは四肢が前進のための器官となって、反対に尾は平衡をとるための補助器官になり、ヒトなどは、なくしてしまって痕跡的な尾しか持っていない。
■重力がない世界で推進力を発達させた魚たち、自分の体重と同じくらいの魚と闘ったことのある磯師なら、彼らがどれほど強いか、身にしみて知っているだろう。まともに引っ張りあうと海に引きずりこまれる。しかしその最高の筋肉によって「美味しい」「面白い」などといわれ、水上から追い回され狙われるような羽目に陥るとは…。
       ■
■釣り人なら「血合」くらいは知っているだろう。お造りにしたときなどに、はっきりと違って見えるあの赤い肉である。この血合肉を血合筋、もしくは赤色筋、赤筋と呼ぶ。それ以外のほとんどの筋肉は普通筋、もしくは、白色筋、白筋と呼ぶ。ごくふつうに魚の筋肉をわけるとき、赤身魚、白身魚と分けることが多い。このときの赤白とは普通筋の色で呼ばれている。赤身魚の普通筋は、白身魚の血合肉、つまり赤色筋より赤いことも珍しくない。間違えないように、ここでは赤白を使わず、血合筋と普通筋と書いていく。
■ブリの血合筋重量は体側筋の9lを占める。東京大学海洋研究所の塚本勝巳博士によれば多くの魚で血合筋の占める割合は10lを超えず、ボラ9・3、マサバ8・4、マアジ6・5、ギンブナ3・9、ヘダイ3・2、コイ2・7、ニジマス2・5、シロギス1・2だという。この血合筋はふつう体側中央の表層部にあり、脊椎骨と網状の腱でしっかりとつながっている。血合筋は、持続力に欠かせない筋肉だ。またカツオやマグロ類はこの血合筋が脊椎骨の深いところにある。これらは真性血合筋とか深部血合筋と呼ばれる。
       ■
■東京水産大学の有元貴文博士によれば、遊泳能力を考えるときには、遊泳速度、持続時間、疲労の3要素が重要だという。そして遊泳速度は、持続速度、中間速度、突進速度の三つに分類するのが一般的だという。
■@持続速度=血合筋による疲労しない速度、1〜2時間以上継続して遊泳できる。さらに最小持続速度とは魚体沈下を防ぐ揚力のための前進速度で、最大持続速度とは普通筋を利用しない遊泳の境界速度のこと。
■A中間速度=血合筋と普通筋が関与する速度。速度に応じ持続時間は減少する。@とAの速度を合わせて巡航速度。
■B突進速度=普通筋が主体の瞬間的な速度、数秒間のみ持続できる高速遊泳。なかでも筋肉の能力としての理論的な最大値を最大遊泳速度という。
■コイやギンブナはたまに急発進するが、ふつうは静止している。このタイプの魚はAの中間速度がない。またシロギスやヘダイには@の持続速度がない。じっとしていても大丈夫。
       ■
■ここで速度の定義に血合筋と普通筋が使われているのに注意して欲しい。ものすごく簡単に書いてしまうけど、血合筋は筋繊維が細く、毛細血管が多く、多量の血液が供給されて、血液から酸素を取りこむ色素蛋白なども多く含まれている。血合筋は血液から供給される酸素により脂肪を分解させて運動エネルギーを得ている。普通筋はグリコーゲンを分解させて運動エネルギーを得ていて多量の酸素は必要ない。カツオの筋肉の酸素消費量を測ってみると血合筋は普通筋の5倍の酸素を使うという。血合筋に瞬発力はないが疲れにくい。普通筋は瞬発力はあるが疲れやすいのだ。
■釣り人は魚に走られると、スピードと力と重さを、その竿から感じると思う。スピードがあると感じるのは血合筋の発達した魚、力があると感じるのは普通筋の発達した魚、重さは、そのものずばり魚体の重さを感じているのだろうと思う。このすべてにバランスのとれている魚こそが、釣り人にとっての素晴らしい魚ということになる。
       ■
■さて、実際の遊泳スピードはどれくらいあるのだろうか。魚のスピードの単位は1秒間にその魚の体長の何倍進めるかという体長/秒で表すことが多い。BL/sだ。ベインブリッジは1960年に突進速度はどの魚でも体長に関わらず10BL/sになることを見つけた。1bの魚なら毎秒10b、時速になおすと36`になる。しかし、それなら体長12bのジンベイザメは時速432`になってしまうのですべての体長というわけではない。ブラウントラウトでは体長10aのとき17・5BL/sで、40aになると1・5BL/sになるという。魚の突進速度は、だいたい10〜15だと考えられていて、大きくなると水の抵抗が増えるので、この体長の倍数の数字では下がっていく。
       ■
■一般に魚の推進力は、体は紡錘形で、尾柄部がくびれ、尾は強く二叉し、尾鰭が硬いほど強いとされる。カツオ・マグロ類や、アオザメなどの外洋表層性の大型サメの形が強いのだ。
■カツオ・マグロ類の尾鰭は翼である。前縁はまるく後縁はとがっている。翼の性能をあらわすのに翼幅の二乗を翼面積で割るアスペクト比が使われる。グライダーのような翼はアスペクト比が大きく、ジェット戦闘機のようなデルタ翼は小さい。翼としての性能はグライダー型の方が高い。アスペクト比はカツオがもっとも大きくて7・2、ヒラソウダ6・5、クロマグロ5・5、マサバ4・6だ。
■彼らは高性能翼を強烈にはばたかせて推進力にし、背鰭と腹鰭は抵抗を減らすために畳み、胸鰭と尾柄部の隆起線は水平翼のように使って揚力を得て沈んでいくのを防いでいる。背鰭と臀鰭の後ろにある小離鰭は整流板の役目を果たす。その呼吸は口と鰓蓋を開いて圧力差によって鰓に水を通す、ジェットエンジンの空気取り入れと同じ方法なのでラムジェット換水法と呼ばれる。外洋の表層を高速遊泳する彼らは航空力学と流体力学の権化のような構造になっている。しかし、その高性能を維持するために彼らは生涯を高速遊泳する。泳がなければ死ぬ。
■京都大学の中村泉博士は、見事に適応しているマグロ属魚類を「進化の袋小路に陥ってしまった」と表現し、華やかな魚の王者は哀れだと書いている。
       ■
■過ぎたるは及ばざるが如し。重力に不様にさからって不細工に生きているぼく、よく眠れるもんね。幸せなんだなあ。

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■参考文献リスト■ありがとうございました■
■『魚類生理学』板沢靖男・羽生功編 恒星社厚生閣 第17章 『遊泳生理』塚本勝巳 1991年
■『魚の行動生理学と漁法』有元貴文・難波憲二編 恒星社厚生閣 1996年
■『日本動物大百科6魚類』中坊徹次・望月賢二編 平凡社 1998年

[1118] 魚あれこれ>放流…現実にある恐怖について 
2002/6/6 (木) 06:15:52 小西英人
 今回のテーマは「放流」だよ!

                           英人

■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典C

それはマダイの悲鳴である! のかもしれない
放流■


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■体重2sのマダイは、1000万粒の卵を持つという。さて1000万粒の卵から、何パーセントのマダイが生き残って生殖に参加したらマダイの群れは減らないと思う?
■8%、7%…1%…まだまだ。0.1%、0.01%、0.001%…まだまだ。0.00002%あればマダイは減らないのだ!
            ■
■ごめん。意地悪した。雌雄が同じ数だと仮定し、成熟した雌雄から2粒の卵が生き残って産卵に参加したら全体の数は変わらない。1000万粒から2粒、百分率にすると0.00002%になるが意味はない。実際の資源量を計算するのは不可能だし生残率を計算するのも不可能だ。
■しかし、ごく大雑把に考えて何百万粒の卵から産まれだそうと、2尾から2粒が残れば資源量は変わらない。硬骨魚類の生き残り戦略というのは、それほど凄まじい。卵から稚仔魚期にほとんどが食べられてしまう。こういう「生き残り戦略」を持つ生物が「大発生」したと世間が騒ぐと研究者は「ぷっ」と笑う。大発生ではない「生残率」がほんのちょっと「ぶれた」のだ。2粒残るのが3粒残っちゃうと、その年の群れは1.5倍になっちゃう。
            ■
■東北大学の谷口順彦博士の「魚介類の遺伝的多様性とその評価法」という『海洋と生物123号 AUG.1999』に載った論文を参考に書く。マダイのように多数の卵を産みっぱなし一腹子の生残率が低いのを「多産性放任型」という。マダイを100万尾捕まえ、兄弟姉妹関係にあるものを見つけようとしても不可能に近い。自然界のマダイで近親交配が起こる心配はない。マダイの養殖、つまり人工種苗生産というのは、稚仔魚期の「歩留まり」をいかに高くするかである。これは「多産性放任型」への挑戦だ。体長5pの幼魚を「種苗」というが、マダイ100万尾の種苗を生産するのに、親の数は、せいぜい50尾でいい。雌雄2尾あたりで4万尾を産むことになる。養殖集団のマダイでは、兄弟姉妹関係にあるものが多くなる。
■100万尾のマダイでも「野生集団」と「養殖集団」でまったく違う。100万尾を「集団の見かけの大きさ」とすると、遺伝的な類縁性のない親の数を「集団の有効な大きさ」という。この養殖集団の有効な大きさは簡単にいうと50尾である。野生集団では有効な大きさを推定するのは不可能とされているが、100万尾なら数万尾と見積もられることもある。見かけは同じでも50対数万、野生集団と養殖集団は遺伝的に、これほど大きな隔たりがある。「多産性放任型」への挑戦とは、集団の遺伝的多様性を破壊すること。栽培漁業は野生集団を攪乱し、その遺伝的多様性まで減退させる可能性があるのだ。
■国連食糧農業機関(FAO)は親魚を継代しないとう条件で「有効な大きさ」を50以上、継代するならば500以上は必要であるという目安を発表しており、あるマダイの人工種苗の「有効な大きさ」を実測したら63.7で、FAO基準より大きかったという。谷口博士によると種苗生産技術者たちはDNA鑑定を自前で行うところまできているし、その努力をあたたかく見てほしいという。
            ■
■「奇形養殖はまち」騒動を覚えているだろうか?
■1980年前後から大騒ぎになった。養殖のハマチの背中がどんどん曲がっていく。水揚げ魚の数十パーセントも曲がっていたりして、当時、船底塗料とか養殖生け簀網の防汚剤に使われた有機錫系毒物、トリブチル錫オキシド(TBTO)が原因として疑われた。その後、TBTOは全面禁止になり、事態はとりあえず沈静化した。
■研究者は「ブリの骨曲がり」と呼んでいるが、これはTBTOが主因ではなかった。数十ミクロン以下という小さな原虫類といわれる単細胞生物がいる。その仲間の粘液胞子虫が第4脳室に寄生すると、なぜかは解明されていないが脊柱が複雑によじれたり曲がったりする。ちなみに「騒動」のときTBTO説を唱える運動家の一部は、脳内寄生虫説を発表した研究者を「御用学者」と決めつけ攻撃した。声が大きいと真実なのではない。真実は都合のいいものでもない。いつも「心」しておきたい。
            ■
■1975年、沖縄海洋博のため、広大な生け簀に四国から運んだブリを25000尾放養した。そのすべてのブリの筋肉に粘液胞子虫が寄生し肉が霜降り肉のようになった。内地から沖縄に存在しない寄生虫が持ち込まれたのかと調査された。ところが、この寄生虫は沖縄のスズメダイ類にふつうにいる寄生虫だった。寄生しても1個体に1個くらいなので見分けられず、知られてもいなかった。天然宿主と寄生虫は長い長い年月できれいな平衡がとれていたのだ。そこに「感受性」の高い内地のブリが持ちこまれたものだから、いっせいにやられたのだ。
■1980年、長崎県の養殖スズキで骨曲がりがでた。調べると粘液胞子虫の新種であった。韓国からの輸入スズキであったために韓国原産かと疑われたが、男女群島で採れた「もじゃこ」から育てたブリにも同じ虫がいた。九州沿岸にもともといた虫の可能性もあった。
■「骨曲がり」はブリで1970年代から現れ、自然のいろいろな魚に広がっているように見える。ぼくの知っている限りでも各地のスズキ、メジナ、マダイ、クロダイ、イシダイ、シロギス、フエダイ、ムツ、ホウボウ、キタマクラ、などなどに骨曲がりが見られた。「養殖」という「無理」が「集団感染」を引き起こし、それが自然界に「伝播」したのではないか。また養殖集団の遺伝的多様性が失われると自然ではあり得ない「高い感受性」を持つのではないか。いまのところ感染源も伝播ルートもまったく分かっていない。これは原虫による寄生の例だけど、細菌やビールスによる集団「感染」と自然界への「伝播」も、いまや現実の問題になっている。
            ■
■養殖、種苗生産、稚魚輸入、放流…、育てる漁業は怖い。「放流」というと「善いこと」と美談にされるけどそれでいいのか。いやそれどころか種苗生産してもっと放流することこそ「善」であり生物の保護になるという論調さえある。マダイの放流、クロダイの放流、ヒラメの放流…、なんでも放流がいいんだ。「放流」の危険性を水産系や養殖系の研究者や水産庁は知らないからバラ色の未来を描くのか。いや、よく知っている。けれども黙っている。社会も釣り人も「放流の生物学的危険性」を知らなければ危なすぎる。とりあえず科学的検証のない、安易な放流や種苗生産は排除するべきなのだ。
            ■
■『新さかな大図鑑』を編んだとき26個体のマダイの写真を載せた。もちろん自然の海で釣ったマダイだ。ある研究者は、ほとんどが人工種苗産のマダイだという。
■鼻孔がおかしいのだ。マダイの鼻孔というのは片側から見ると円形の前鼻孔があり長円形の後鼻孔がある。ふたつの鼻孔は皮で隔てられる。人工種苗マダイは初期の栄養のアンバランスにより「鼻孔隔皮」に欠損や形態異常が6〜9割もでた。図鑑のマダイがそうだという。ふつうに釣ったマダイはほとんど「放流」されたものだろうか。「人工」は「自然」を駆逐するのだろうか。これこそ日本の海の「現実にある恐怖」なのではないか。

初出●『磯釣りスペシャル』2000年1月号

[1119] Re:魚あれこれ>放流… 
2002/6/6 (木) 11:45:22 西潟正人
難しいテーマを与えられました。

相模湾の例ですが。
十数年前にマダイの資源が枯渇し、県の水産試験場指導のもとに、稚魚放流事業が推奨されました。効あってマダイ資源が増大したのは、事実です。誰よりも喜んでいるのは、遊漁船漁師でしょう。
放流された稚魚の一部には、背鰭にタグが打ってあります。磯釣りでも時々掛かるから、かなりの量が放流されているんでしょうね。

相模湾の三浦半島側では、天然アワビが絶滅したと言われています。ここでも放流事業が盛んに行われ、毎年大量水揚げがあるのですが、調べるとすべてが放流物なのです。(県水産試験場の談)

無知な私は、すばらしい事業だと思っていたのですが。自然の生態系を壊しているかもしれないのですね。
「粘液胞子虫」ですか!知らなかった・・・。私もてっきり、漁網や船底に使う塗料の薬害、または餌料に入れる不用意な抗生物質のせいと思ってました。

川も海も、養殖から栽培漁業に移ろうとしていますが。小西さん、じゃどうしたらいいんでしょう。

[1120] Re2:魚あれこれ>放流… 
2002/6/6 (木) 13:25:08 小西英人
▼ 西潟正人さん

 難しすぎますよね。

 ぼくにできることは、みんなで「知っておく」ことくらいだと思っています。それが、第一歩だと思っています。それから、いい方向を探さなくてはね。

 神奈川県は「水産先進県」です。マダイなどの輝かしい実績がありますものね。そして放流マダイのほとんどは釣り人が釣っているのだから、受益者負担の原則で、きっちりと放流基金をはらうのが、これからの釣り人ということで、実際、法律的な裏付けはありませんが放流資金を釣り人から集めていますよね。水産庁などは、この輝かしいモデル事業をもとに、全国に敷衍して、釣りライセンス制を導入したがっているようです。海釣り有料化です。

 ぼくは、そのお金が、いま一部の研究者たちが、言い始めているミチゲーション(自然への保証)につかわれるのなら、大賛成なのですが、いまなら、ただ放流資金に使われるでしょうから反対です。

 でも、水産関係って、もの凄い圧力団体でもあって、ここで働く研究者も多く、彼らが、放流の危険性を隠して、社会に対して、バラ色の夢を描いているあいだは、なかなか難しいものがあります。

 少なくとも、釣り人は、危険性を知っていて欲しいと願います。

 ぼく、この原稿を書いたときでも、ある研究者から、遠回しに抗議を受けて難儀しています。まあ、話し合って書き直すことを約束して、喧嘩にはなっていないのだけど、そのときの話で、私はいいけど、学生が憤慨しているというのです。自分らは、危険なことをしているのではなくて、人の役に立つことをしていると、いつも言われなければ気にいらない、若い学生諸君がいると言うことに、ちょっとショックを受けました。

 ただ、この原稿にも書いているように、研究者や水産庁は知らないわけではないのです。賢い連中が集まっているのですもの。ただ、外からとやかく言われるのは嫌うでしょうね。それで、黙ったまま、みょうな方向に走ると困ります。

 「知っているぞ!」「気をつけろよ!」と、こいういう社会の風を吹かせながら、海のこと、山のことを考えて進めていくようにしたいですね。

 知ること…、そして、疑うこと。それだけでも力を持つことがあると思うのです。

 淡水などは、すべてのところで危急ですから、そんな呑気なことを言って…と叱られることも多いのですけど…。

                      英人

[1121] Re3:魚あれこれ>ミチゲーション 
2002/6/6 (木) 14:55:29 西潟正人
▼ 小西英人さん

知ること疑うことが、力になる。
ミチゲーション、自然への保証ですか。

海だけでなく、山を愛する人も同じことを言ってますね。
食にも通じるところあり。
大切な言葉をいただきました。ありがとうございました。

[1134] 魚あれこれ>書評…希少淡水魚について 
2002/6/8 (土) 06:34:46 小西英人
 この1994年に東京水産大学で行われた日本魚類学会のサテライト集会って、熱気にあふれ、ほんと、すごい雰囲気だった。ぼくは、これが初めて参加した学会であって、これに衝撃を受けて、以後通うことになった。

 しかし、淡水魚を守ろうとしている研究者は、このころといまもメンバー変わらず、言っていることも変わらず、そういう意味では、遅々として進まずというところなのかな。

 まあ、少なくともブラックバスを社会も問題視しはじめたことくらいが進歩なのか。

                           英人


■『釣魚図鑑』(小西英人編著・週刊釣りサンデー・2000年)より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典 番外

よみがえれ日本産淡水魚! 誰がために鐘は鳴るや

書評■
『日本の希少淡水魚の現状と系統保存』
●長田芳和・細谷和海編●日本魚類学会監修●緑書房


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■そのとき、そこに、ぼくはいた。たったひとりの釣り人として、研究者や、行政担当者のなかに、ぽつんと座って、不思議な熱気に包まれていた。1994年4月1日、東京水産大学。日本魚類学会年会が終わった翌日に開かれた「日本の希少淡水魚の現状と系統保存」という1994年度日本魚類学会サテライト研究集会のまっただ中に。
            ■
■そして『よみがえれ日本産淡水魚・日本の希少淡水魚の現状と系統保存』という本が、このたび緑書房から刊行(※1997年である)された。編者の長田芳和・細谷和海両博士の「はじめに」から少し引用してみよう。
            ■
■(前略)依頼した12人の話題提供者は、希少淡水魚の系統保存にかかわる活動を、生息地、実験室、および行政において経験された方で、それだけに示唆に富む話題が次々と提供された。参加者からも熱心な質問・意見・提案が述べられ、午前10時から午後5時までの予定時間内にはとても収まるようなものではなかった。会場全体が淡水魚の存続の危機感にあふれ、期待感と絶望感が交叉した一種独特の雰囲気がかもしだされていた。このままでは終われない。これが当研究集会の結論であったように思う。本書はその証である。(後略)
            ■
■ほんとうに研究集会会場の熱気はすごかった。
■交雑し遺伝子がぶれたニッポンバラタナゴ、いったいどういう個体がニッポンバラタナゴなのか分からなくなったという長田博士の問いかけは重すぎ、会場を、饒舌に沈黙させた。絶滅した沖縄のリュウキュウアユを戻すための放流活動に、鋭い批判がわきおこり、返す刀で、湖産アユの全国規模の大量放流に批判が集中した。あるオブザーバーがすくと立ちあがった。「アユは経済種である、議論の必要なし」と彼は断じた。白熱していた研究者はいっせいに興ざめし、議論をうち切った。
            ■
■淡水魚は地理的隔離によって独自の分化を遂げようとする遺伝的固有性と、異なる集団間でときどき交配して変異性を回復しようとする遺伝的多様性という、いわば相反する特徴を併せもつ−と細谷博士は書いている。
■地理的隔離によって固有種が生まれてくる。これは現在同種とされている種内でも、そうであり、たとえば、琵琶湖のアユは固有の遺伝子プールを持ち、日高川にのぼってくるアユも固有の遺伝子プールを持つ。自然は数十億年をかけた微妙なバランスの中で、これらの種を地球に残してきた。日本人はたかだか、ここ数十年で、何も考えず、このバランスを崩そうとしている。
■基本的にはすべての「放流」はいけない。淡水魚とは風土が創ったものであって、その風土固有の遺伝子プールなのだ。日高川のアマゴは、あくまでも日高川のアマゴであって、わけのわからん種苗からとったアマゴは、あくまでもわけのわからんアマゴであって、これを放流してしまうと、日高川のアマゴの遺伝子プールは攪乱され、下手をすると永久に失われてしまう。
■保護というなら「放流」ではなく「産卵床」の整備などをして、その地域個体群を保護しなければいけなかった。日本の社会は安易で危険な道を選んでしまった。
■釣り人は、この危険を知らない。知らなさすぎる。知らないまま、いつのまにか圧力団体と化して日本の風土を破壊している。「アユは経済種」という言葉は、そういう意味で、とても恐ろしい響きを持つのだ。
            ■
■海水魚も問題は同じ。ただ器が大きいから、問題が顕在化しにくいだけで、放流はすべて「悪」なのである。そして科学的検証を受けない放流は自然保護ではなく自然保全でさえなく、遺伝子の攪乱、または汚染という、取り返しのつかない生物学的被害をあたえる。
■知らないというのは、現代では罪悪である。
            ■
■系統保存を考えるとき、遺伝的固有性と多様性という矛盾が問題を難しく、見えにくくしているのは事実だ。本書は、研究者が最大限に「ふつうの言葉」で書こうとしてくれている。しかし、集団遺伝学的な知識が下敷きにないと、ちょっと分かりにくいかもしれない。しかしこの本に詰まっている、あの会場の熱気と、研究者の血を吐くような言葉に、釣り人は耳を傾けてほしい。
            ■
■『トゲウオのいる川』(森誠一著・中公新書)から引用する。『淡水魚保護』が1992年で終刊になった。十数年にわたって刊行されてきた淡水魚保護協会(理事長木村英造)の機関誌が存在しなくなった。しかも、協会自体も解消された。これは大変なことだ。この出来事は多分、きわめて近い将来において、われわれにその事の重大さを一層痛感させるだろう。これで全国レベルでの情報誌はなくなるからであり、誰が何をどのようにやったかは知られないままになることがより多くなる。記録として残ることもなくなり、淡水魚保護の過程や歴史の証言が個人の記憶だけという羽目に陥ってしまうのだ。
            ■
■研究者や魚好きをとりまく行動環境も悪くなった。淡水魚保護協会の解消は微妙な陰影をおとした。このサテライト研究集会の発端も『淡水魚保護』終刊号の座談会にある。淡水魚好きのネットワークがなくなった。
■それに代わる、いや、これからの出発点にしなければならないのがこの本『日本の希少淡水魚の現状と系統保存』だと思う。買うという経済行為によって連帯できることがあり共通の土俵にあがれることがある。われわれ魚好きは淡水魚保護協会を、そういう意味で見捨ててしまったのかもしれない。同じ轍は踏まないでほしい。
            ■
■河口湖にクルメサヨリやクサフグが泳ぐという。ブラックバスが漁業権魚種に認定され、北浦や霞ヶ浦のブラックバスを買いあさり放流を続けるからである。河口湖は放流釣り場でもなければプールでもない。放流義務の伴う第五種共同漁業権というのは、成果はおさめたと思うが、もう、見直さなければいけないのだろう。
■細谷博士は本書で釣り具メーカー、漁業協同組合、釣り団体にミチゲーションをもとめる提案をしている。
■ミチゲーションとは、簡単にいうと「補償」である。自然を使わせていただいて損ねてしまうのなら、その分を補償しましょうという考え方である。
■釣りは悪いことだとは思わない。水辺の環境を五官で知ることができ、魚を好きになる。しかし、知らず知らず、すさまじい環境負荷をわれわれは水辺にかけてしまっている。ローインパクトをこころがけて、なおかつ、われわれの補償をも真剣に考え、議論しなければいけない時代なのだ。そして漁業権魚種のみ、どぼどぼ放流したら資源は守られ、人は幸福だという二十世紀は、ぼくらの、頭と口と手で、終わらさなければいけない。
            ■
■希少魚は絶滅すべくして絶滅しているのであって、それを守ったからといって、人の役には立たないという議論もある。そういう人は、人も生物であって、環境に厳密に規定されてきたということを忘れている。日本の風土が産んだのが「日本人」であって、その自然は、美しく多様であった。川は「どぶ」と化し、さまざまな日本の固有種をあっというまに消し去ってしまうような風土に育つ「新日本人」など、想像もしたくはないのだ。
■耳を澄ませてほしい。釣り人なら、はっきりと聞こえるだろう。葬送される日本の魚たち。その弔鐘を。
            ■
■ゆえに問うなかれ
■誰がために鐘は鳴るやと
■そは汝がために鳴るなれば


初出●『週刊釣りサンデー』1997年10月12日号

[1199] 魚あれこれ>分布…魚たちの遙かな旅について 
2002/6/13 (木) 18:28:58 小西英人
■『磯釣りスペシャル』2001年5月号より転載
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魚あれこれ
ぎょぎょ事典 番外3

それはヒマラヤで生まれた! のかもしれない
分布■

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■はじめて瀬戸内から太平洋の海に立った日…どきどきした。どんな魚が釣れるのだろう。実際、少年にとって、そこは熱帯だった。極彩色の魚が釣れ、釣れる魚、釣れる魚、名さえ分からなかった。力持ちが多くてへとへとになり、驚いた。
       ■
■はじめて男女群島に立った日はじめてトカラ列島に立った日はじめて石垣島に立った日はじめて父島に立った日…どきどきはしたけど、まったく知らない魚ではなかった。経験を踏むとみんな同じ魚であり、目新しい物は少なくなった。韓国でも、中国でも、台湾でも、インドでも、ミクロネシアでも、ハワイでさえ、そうだった。ちょっとづつ違いはある。冷水性のものか暖水性のものかというような変化はある。しかし、なじみの魚はなじみの魚なのだ。これはちょっと理不尽に感じる。せっかく外国に来たら外国の魚になれよと思う。標準和名をいうと驚く釣り人が多い。魚に国境はないのに。ボーンフィッシュはソトイワシである。英語で呼ぶから外国の魚なのではない。
■本州中部以南に住むものにとって、海の魚は、黒潮の魚だ。この魚たち、基本的には西北太平洋を循環する大海流の申し子である。日本人が捨てた百円ライターをハワイ諸島のミッドウェイの海鳥が呑み問題になる。実際、ミッドウェイでは研究者によりイシダイとイシガキダイが確認されている。たぶん海流に流された「漂魚」で再生産はしていないのだろうけど。
■われわれは、魚類の生物地理区分でいうと「インド・西太平洋域」という、世界の熱帯域の半分以上をふくむ大きくて多様な魚類相の周縁部にいる。魚の宝庫にわれわれはいるのだ。
       ■
■魚類の分布って、重要であるのに分かりにくい。魚類図鑑を編すると、読者からの不満のトップは地方名が分からないぞであり、次は分布がおかしいやないかである。まあ、地方名は許してやろう。けど分布は「許せへんぞ」と一オクターブ高い声で文句をいう釣り人は多い。
■日本が誇る最新最高の図鑑からメジナとクロメジナの分布を見てみよう。『日本産魚類検索第二版』(中坊徹次編・2000年・東海大学出版会)によるメジナの分布は新潟・房総半島以南〜鹿児島;朝鮮半島南部、済州島、台湾、福建、香港。クロメジナは房総半島以南;済州島、台湾、香港。しっかりした魚類図鑑のなんとなくのお約束として、〜は連続分布、読点は独立した分布、セミコロンからあとが外国の分布となる。
■「ほらあああ」「やっぱりいい」「最高の図鑑でこれやもんな」と日本中の磯釣り師の黄色い声の大合唱が聞こえたぞ。
■この図鑑のメジナ科の著者はわれらが中坊徹次京都大学教授である。中坊博士のメジナ科の「分類学的付記」を読むと、そんなことは先刻ご承知で−−その分類、形態と分布については Yagishita and Nakabo (2000)が詳細に報告した。示した分布域については違和感をおぼえられる方もいると思われる。彼らはメジナ属3種の地理的分布について「単に流れついて記録されたに過ぎないと思われる」採集地点は「副分布域」とみなし重視しなかった。本書では、彼らの「副分布域」はすべて表示しなかった。分布表示についての、ひとつの試みである。全分布域については Yagishita and Nakabo (2000) を参照されたい−−とある。引用を英語でやるのは英文論文のことだ。その論文から、ぼくのへたくそな和訳で分布域を引用する。
■メジナ=主分布域は新潟南部から北西九州、朝鮮半島南岸、対馬、済州島、房総半島南部から南九州、台湾、中国福建省沿岸。副分布域は本州北部と北海道の日本海(成魚の記録はないと3論文を引用している)、琉球列島、小笠原諸島、香港付近(希、小西和人氏私信)。そしてこのあと5論文を引用してフィリピンの分布に言及、標本はなく、この地域にメジナが出現するのは疑問だとしている。
■クロメジナ=主分布域は房総半島南部から南九州、対馬、済州島、男女群島、台湾、香港付近(小西和人氏私信)、香港でふつうに見られる。副分布域は琉球列島、小笠原諸島、本州北部の太平洋岸(体長60ミリ以下の標本の記録を引用)。
       ■
■どうだろう。とにかく研究者は自分のデータ以外にも標本と文献をすべてあたり、その種の分布を確定する。それを簡単に図鑑で表現するのは難しい。この主分布と副分布という形はひとつの面白い試みであると、ぼくも思う。研究者たちとよく話をする理想の分布図とは、生息密度を点で示したドットマップなのだろうけど、これは大量に捕る水産魚種でなければ難しいし図鑑にそれだけのスペースもない。釣り人も正確に魚種を記録していけば正確な分布が得られる。文句をいうことばかりではなく、われわれが記録を集積することも考えていきたい。
       ■
■それではなぜ、インド・西太平洋域は魚の宝庫になったのであろうか。タイ科クロダイ属の時空を超えた遙かなる旅路を描いた、ぼくの『釣魚図鑑』(小西英人・2000年)のコラムから引用してみたい。
       ■
■「大地中海」とか、「古地中海」とか、聞いたことがあるだろうか。これはテーチス海という古生代から古第三紀に、チモール、スマトラ、インドシナ半島、ヒマラヤ、パミール、ヒンズークシ、小アジア、地中海方面にひろがっていた古海洋のことで、アンガラ大陸とゴンドワナ大陸にはさまれた広大なこの海は、浅く、温暖な時代が多く熱帯から亜熱帯の海洋動物群が多く生息した。第三紀の中頃に北上したインド亜大陸がユーラシア大陸にぶつかり、ヒマラヤができ、東西に分断された。いまの地中海はテーチス海の名残とされる。エベレストから浅海性の海洋動物の化石が発見されるのは、海底が持ち上がったのがエベレストだからである。
■『地理的分布から見たタイ型魚類の分散』(赤崎正人・1970年)を参考に、クロダイ属の長い長い旅路を見てみよう。タイ科魚類は白亜紀の終わりから第三紀のはじめに、テーチス海で出現したらしい。白亜紀なら恐竜に原始タイ科魚類は喰われちゃったかもしれない。地中海にタイ科魚類の種数が多くタイ科の原型に近い形質を持ったものが多いのは、テーチス海起源の証拠とされる。
■クロダイ属は、東南アジア、東インド諸島を小さな分散の中心として、インド洋、オーストラリアおよび日本の、いろいろな方向に分散したといわれる。東太平洋には深海があり強い海流もあったので、これらが「東太平洋障壁」となり、分散を遮断したので、日本とオーストラリアが分布の限界になった。
■一般に、各大洋の西岸に部分的な分布の中心地があるといわれる。それは暖流がそれらの沿岸にぶつかり、魚類の移動の終末地域になっていたこととテーチス海からの「分散」の影響が残っているためだといわれている。つまり日本は分布の中心から、どんどん送り込まれる周辺地域、「吹き溜まり」にあたるわけだ。日本近海が約四千種の魚類の生息する豊かな海になっているのは、こういう地理的に恵まれた特性があったためなのだ。日本に生まれ落ちたことを釣り師は感謝しなければ。
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■分布の研究は動物地理学と呼ばれる。ある分類群の祖先種が発祥して長い年月をかけて種分化をしながら地理的に拡大してきた結果がいわゆる「分布」なのである。ただ、どこにいるかという研究ではない。特殊化した種が分散の中心にいて原始的な種は周縁部にいるという説と原始的な種が発祥地の近くにいて特殊化した種は発祥地から遠いところに分布するという、ふたつのまったく逆の考え方がある。とにかく硬骨魚類は先のタイ科魚類のようにテーチス海起原のものが多く、種分化しながら分布を拡大し、東太平洋障壁により、日本が終着点と思われるものが多い。西太平洋と東太平洋は魚類相が違う。北の吹き溜まりが日本であり、南の吹き溜まりがオーストラリア・ニュージーランドで、赤道をはさんで泣き別れたと思われる種が多くそれを反赤道分布という。
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■世界のメジナ科魚類を見てみる。『世界の魚類第三版』(ネルソン・1994年・英文)ではメジナ科はイスズミ科のメジナ亜科にされている。メジナ科をイスズミ科に含める研究者も多い。メジナ亜科魚類は2属およそ17種とされている。およそとあるのは、まだ世界的な見直しができていないからだ。この17種の分布は南アメリカの太平洋岸、北アメリカの太平洋岸、日本、中国、オーストラリア、ニュージーランド、ガラパゴス諸島と、環太平洋に広く分布している。そして、ぽつんと大西洋の真ん中、東アフリカのセネガルの遥か沖合にあるカーボベルデ諸島に、1種だけいる。
■これはなんなんだ!?
■東太平洋障壁はどうした。この分布は際だって珍しい。メジナたちが、われわれに饒舌に語ろうとしてるものは何か…。
■地道な分布研究の積み重ねによってのみ、彼らは、その時空を超えた旅を教えてくれるだろう。二十一世紀、この謎を明かす若者は現れるのだろうか?

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