オクサンがベースの耳コピーをするのに、iPodにイヤホンでは無理だというので適当なスピーカーを物色していた。作ってやってもよかったのだが、こないだリアを作ったばかりで疲労コンパイしており、そもそも、小型ブックシェルフの場合、価格性能比でメーカー製に勝つのは容易でないので、おとなしく中古を探すことにしたわけである。
作戦としては、こうだ。
1)おおむね15年前までの小型ブックシェルフで、当時の評価が高かったもの。
2)価格帯は当時の定価10万円(ペア)以内。
3)高さは35cm以内。
4)低音感がしっかりしており、ベースの耳コピーがしやすいこと。
5)なるべくウレタンエッジでないこと。
6)メーカー不問。
4)がポイントである。スピーカーの設計において、ほんとに低いところさえ欲ばらなければ、トランジェントのいい低音を出すことはむずかしい話ではない。反応がいいということは、余計な音が出ないということで、耳コピーには必須なのだが、いわゆる「低音感のある」音ではなくなるため、この価格帯を購入する層には、ウケがよくないということもありそうだ。
だから、売れている小型スピーカーというのは、低音が不自然にふくらんだり、ゆるかったりするのがあったりする。最近のiPod用とかPC用はたいていそうだ。そういうのは、自分的にもあまり好みではないのだが、昔のオーディオ入門クラスのスピーカーはまったく聴いていないので、出たとこ勝負ではある。
候補としてリストアップしたのは、BOSE MODEL 121 、VICTOR SX-A103、同じくSX-C7、ONKYO D-102A、INFINITY referense One 、YAMAHA NS-10M、TANNOY SYSTEM6、audio pro IMAGE11 なんてところである。
どれも、ほとんど聴いていないのだが、まあ、どうせiPodにつなぐわけだし、アンプは5000円のデジタルアンプだし、劣化さえしていなければ、どれがきても十分引き合うだろうと考えていた。
ところが、つい買ってしまったのは、これであった。YAMAHA NS-5。
ヤフオクをうろうろしていたら、こいつが3000円であった(苦笑)。想定外のスピーカーだったのだが、ためしに100円上積みしてみたら、その後誰も反応がなく、思わぬものを落札してしまったという感じ。
90年代半ば頃の製品で、当時の定価はペアで5万円。13cmと2.5cmの2ウエイでリアにポートをもつバスレフ。卵の黄身みたいなツイータが特徴だが、ウーファーも黄色っぽい色をしている。バッフルは青みがかっていて、お洒落といえばお洒落だが、変といえば変だ。まあ、箱はしっかりしているし、重さも6.5kgあるのでちゃちい製品ではなかろう。
とりあえず音出しをしてみる。最初は、定番のアート・ペッパー「meet the rythm section」。シンプルな録音なのだが、左チャンネルから出るサックスの切れ込み、金管らしい艶、音離れ、右チャンネルのベースとピアノの音色と実在感といったあたりが聴きどころになる。昔から聴いているので、自分にとってはわかりやすい盤なのだ。例によってスーパースワンのヘッド部に載せて試聴開始。
音が出た瞬間、「なんじゃこりゃ」であった。
音が死んでいる。余韻もない。ダイナミックレンジ不足。振動板から放たれた音が、こちらの耳に届く前に、力尽きてばったりと討ち死にし、こちらにはナキガラだけが届いてくるといった風である。全体に根暗サウンド。鈍重で切れがなく、ジャズらしいスウィング感などは、望むべくもない。
ツイータが壊れているのかと耳を近づけてみたのだが、ちゃんと鳴っているから、そもそもがこんな音なのだろう。
しかし、ものはいいようである。こんな場合、「エレガントで上品、嫌な音は一切出さず、一定のスケール感の中で音楽を描ききるバランスの良さがある。ふっくらとしたアダルトサウンドで、奔放に鳴りまくるというよりも、内に秘めた慎み深さを感じる」というのが、プロなのだ。こちらはプロではないので書くことが正直である。
ふと思いついて、ツイータを内向きになるようにセットしてみた。こんな具合。
これで激変。中域に力が出てきて、密度感が増した。討ち死にしていた音の何割かは生き残って、こちらにたどり着く。もともと、中域の密度があんまり高くないというか、エネルギーが多くないので、ツイータ同士を近づけてやった方がセッティングとしては正解だったらしい。
とはいえ、ワタシは超高能率でトランジェント命みたいなスーパースワンを15年も聴いてきた特殊なオーディオ人生であるから、上記感想は鵜呑みにしてはいけない。あくまでも、いつも聴いている音に比べて、というのが前提である。おそらく、このあたりのスピーカーは、ほとんどが大同小異であることと想像している。サイズ的にも仕方がないのだ。
大体、3100円で落札しておきながら、長所を探さずに欠点ばかり述べるというのは、人として了見に問題があるのではないか。せっかく来てくれたのにごめんねとNS-5に謝りなさい。今すぐ謝りなさいと叱られながら、さらに試聴を続ける。
荒井由美の「海を見ていた午後」。これも反応のいいスピーカーだと、幽玄の世界が現れるのだが、これはきれいな音で聴けた。普通のヒトが聴いたら、目をつぶって耳を傾けてくれるだろうというくらいの音。
クーベリック/ベルリンフィルの「新世界より」第3楽章。ああ、このスピーカーの持ち味はこのへんなのだなということがわかる。低音はサイズなりではあるけれど、オーケストラを聴くのに決して不足ということはない。ややふくらみのある音が、俯瞰的に音楽をとらえるのには向いている。こういう音を聴いて育った子供は、穏やかでいい性格になるのではないか。
全体に、きれいな音である。ジャズのベースは音階がしっかりしていて、そう不要にふくらむという感じもない。ピアノの音は、少しボリュームが上がると苦しいけれど、やはり美音。超小音量ではくっきりしないし、大音量でもどうかというところはあるので、適当な音量で気軽に音楽を楽しむには何の文句もないスピーカー、ということはいえる。
足どりの重さや音抜け感の不足、中高域のつまった感じ、ダイナミックレンジについては、まあそういう個性なのだと割り切るしかない。この音質とレンジでスーパースワンなみの反応の良さがあれば、ブックシェルフとしては怪物だ。そんなものは(今のところ)聴いたことがない。あっても、この価格帯では無理だろう。
なにしろ、3100円である。エッジがそろそろあやしいので、そう長くは聴けそうもないのだが、超掘り出しものではあった。こういう、かつて評価の高かった小型スピーカーを、片端からコレクションしている人は、きっといるだろうと思われる。エッジ修理の技術を身につければ、さらに面白い遊びになりそうだ、。
追記:
この後、「コッキー・ポップ・ベスト」を聴いてみたら、なんとも肩の力が抜けた、いい再生になった。70年代のハイファイ音は、こういう感じだったかもしれないと思い返している。いってみればFMの音に近い。オーディオはフォーマット拡張の予感とともに帯域を広げ、かつ音像から音場へ、またクリアで抜けの良い音へという流れになっているわけだけれど、それだけではないなあと、こういう音源を聴くと思う。