七年もののマムシ酒
大淀川の支流・浦之名川を遡った、高岡町と綾町の境に近い里山の麓に、「ノリちゃん」こと松元則雄さんは住んでいる。少年の頃から山仕事に従事してきたノリちゃんは、山の知恵としてマムシ獲りを覚え、いつか名人と呼ばれるようになった。
マムシだけでなく、ヤマナシ、ドクダミ、ツチアケビ、ハチにムカデと、いろんなものを採ってきては、焼酎に漬け込む薬酒作りの名人でもある。彼によると「山で利用できないものは、7種か8種しかない」そうで、ほぼあらゆるものに、食べ物として、また薬としての使い途があるという。
たとえば、ヤマナシは二日酔いに効き、ムカデは虫刺されの薬になり、ビワの木の皮は神経痛に良い。胸焼けをする時は、南天の葉を噛み、柿渋は皮膚病に卓効がある。ぼくら町の者は、山に入っても、ただ茫漠と緑が広がっているように見えるだけで、それぞれの植物の名前さえわからない。自分の無知・無力を感じるのは、こういう時だ。
ノリちゃんも始めは、たいていの人と同じように、マムシは嫌いだった。それでも激しい山仕事の中で、滋養強壮に効くというので、先輩たちがマムシを見つけてはとって食べていた。捕まえると、まず目をくりぬいて丸呑みにする。これは目の薬になる。次に胆と心臓をくりぬいて、これも丸呑みにする。強壮にこれほど良いものはないそうだ。そして身は、その場で焼いて食べてしまう。
そんな先輩たちの姿を見ているうちに、そんなに体にいいならと、ノリちゃんも見よう見まねでマムシを捕るようになった。今では山に入ることはなくなったが、それでも家の周りだけでも年に7匹か8匹くらいは捕れるという。
マムシを捕まえる時は、体に傷ひとつつけてはいけない。ぴんぴん、元気にしているのを水を入れた一升瓶に入れ、二ヶ月かけて体の中のものをすっかり出させてしまう。マムシは強い生き物で、そのまま一年たっても生きている。そうやって清浄にしたマムシを、今度は焼酎に漬けて丸二年。ようやくマムシ酒が完成する。
ノリちゃんの家にあった、七年もののマムシ酒を飲ませてもらった。これまで飲んだものは、確かにそれなりに効能はあったものの、生臭くて閉口した。この七年ものは、そんなことはなくて、非常に香ばしい。ちょっとたとえるものが思いつかないけれど、あえていうとユンケルの匂いにどこか似ているかもしれない。もっといい匂いだけど。
分けてもらった三年もののマムシ酒は、一口だけ飲んで、あと四年待つことにした。なにごとも功を急いではいけない。あの生臭さが、時を経ることで香ばしさに転じていく過程を、自分の家で経験するのも、ちょっといいもんではないかと思う。
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