だっすぃを作ること
友だちのブログで、東北に「だっすぃ」という食べ物があることを知った。その記事のコメントで、山形に「だし」と呼ばれるものがあり、おそらくこれであろうという指摘があった。
茄子と胡瓜とおくらを刻んで、だし汁に漬ける。夏の即席漬けのようなものだろうと想像する。「だし」とわざわざ宣言して名に負わせるからには、「だし」が貴重なものであった歴史・風土という背景が浮かぶ。するとこれはおそらく山形でも、ぐっと奥まった山の方の食べ物ではなかったか。
普段は塩だけで漬けているのが、あるハレの日に、貴重なイリコなりカツオブシなりを使ってだしをとり、それを贅沢にも調味液として即席漬けを作ったのだ。その素材のラインナップからして、これはお盆の食べ物でなくてはならない。
親戚一同、一族郎党28名ほどが集まった本家の八畳二間ぶちぬきの宴の間で、人に名を問われた時に、「茄子のお漬物です」ではなくて「これはだしである」と雄々しくも宣した一人の山の衆がいたのである。
こういうことはWEBで調べれば簡単なのだが、想像する前に結論を得ようとするのはネットニンゲンの悪い癖である。そんなことでは恋もできない。女も口説けない。
ついでにいうと、想像しているだけでも、やはり恋もできないし女も口説けないのである。
だもので、お酒を冷蔵庫にぶちこみ、さっさと茄子と胡瓜とおくらを刻む。その脇で小鍋に火を入れ、カツオブシとイリコを使ってだしをとる。さます時間がもったいないので、適当に氷をぶちこんで冷やしてしまう。少しの水に大量の素材だから、とても濃厚なだしがとれた。
そいつを刻んだ野菜にぶっかける。これで出来上がりなのだが、おそらく少し塩を加えるべきなんだろう。生の茄子はちと強い。そんなにとんがっていないで、ちょっと人生というものに折り合いをつけてもらわなくてはならない。あるいは乱暴だけど、だしが熱いうちにぶっかけてしまって、茄子に人生を教えるという方法もあるのか。いや、それではせっかく素直な胡瓜やおくらが巻き添えになる。
いろいろ考えているうちに、賢い茄子は自分で人生を悟り、大人になってくれた。
茄子は、絶品の佐土原茄子。お酒もそろそろ冷えてきた。
いただきます。
コメント
「山形のだし」ですね。
僕は下戸なので、冷やした「だし」をご飯にたっぷりかけて掻き込むのが好きです。夏の食欲がなくなる時期に特に旨いです。
ただ足が速くて、翌日には味が落ちます。
Posted by 鵜住居 at 2008年7月 7日 22:12
JUNさん お久しぶりです。
5月に父が亡くなり、しばらくバタバタしてましたが、昨日、四十九日も終え、少し落ち着きました。
これを読んで、父が好きだった「かくや」を思い出しました。
だしは使いませんが、胡瓜や茄子を刻むという点では似てます。
(こちらは主に古漬を使いますが)
http://homepage3.nifty.com/m_sada/COOKING/cook_805.html
居酒屋でも置いてある店はまずなく、東京でも知っている人は今やほとんどいない絶滅危惧種ですが、漬かり過ぎの糠漬ができやすい夏の味とも言えるものです。
PS:最近、運動不足を気にしてクロスバイクに乗り始めました。
それほど高い車種ではありませんが、軽さがうれしい、楽しい乗り物ですね。ただ、やっぱり細いクロモリフレームのドロップハンドルには憧れますね。買ったばかりで目移りしてどーすんの、と言われそうですが(^_^;)
Posted by ひろすけ at 2008年7月 7日 22:52
鵜住居さん
おお、なんだか宮崎の「冷や汁」みたいですね。だしのきいた冷たい味噌汁に豆腐、きゅうり、青じそ、みょうがなんてところが浮かんだのを、熱いご飯にかけて食べるものです。「だし」は、かなりうまかったので、同じようにやってみます。
Posted by JUN at 2008年7月 7日 23:26
ひろすけさん
昔、「滝田ゆう落語劇場」という漫画の『青菜』の項で、暑気払いとして「せめて覚弥の乙な古漬け」というフレーズが出てきて、なんだろうなと思っていました。
「器用なところで古漬けを出して、冷たい水にさらして生姜すって」、この後、まな板で刻む絵があり、醤油をたらして食べるもののようでした。覚弥って店があったのかと思いましたが、どうもそんな名の坊さんが広めたという話も。
お父様、残念なことでした。
Posted by JUN at 2008年7月 7日 23:32
ご紹介どうもです。(笑)
さっそくのリンクありがとうございます。
さすが、読ませる文章ですね。
たったあれだけの写真に、これだけおつな文章とは。
薄味がいいようですよ。
当方、年をとるごとに年々薄味になってきました。
Posted by remico at 2008年7月 8日 00:18
remicoさん
なんか、まだ飲んでる。
だっすぃも良かったけど、「つまみは煙草があればさあ」っていいながら、
飲んでたあの頃みたいに飲んでるわけです。
結局、サケ呑むのに肴なんかいらないのね。
煙草と思いと言葉と音と、どれかひとつくらいはいつもあるわけで。
最近、レコードをよく聴いてるんだけど、懐かしいってわけじゃなくて、
鮮烈だったり優しかったりして、よく聴きながら眠ってしまう。
CDとの一番大きなちがいは、眠れるかどうかじゃないかなと。
今夜は、君のサイトのカテゴリ名みたいな曲が流れていて、
もう手がかりすらつかめない記憶の影とか、
妙に鮮やかなディテールとか、いろいろよぎります。
いや、それがきっかけになったのではなくて、
ずっとそうだったのかもしれないけれど。
困った。サケが止らん。
Posted by JUN at 2008年7月 8日 03:34
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