2009年3月11日

スーパースワンの後継

深夜、CHAPさんから電話。

「オーディオベーシックに、フォステクスの10cm限定ユニットの記事が出てる。スーパースワンの後継ユニットにどうだ」

ふむ。考えてみると、わがスーパースワンは制作からすでに15年ほどの歳月がたち(ほんとかよ)、常識的にいって、そろそろユニットはへたってくる頃ではある。スピーカーユニットというのは、鳴らしていけば音が良くなるが、鳴らしすぎるとへたる。実は鳴らさなくても、時間がたつとへたる。エッジ材だけとっても、劣化は進んでいるはずである。

一応の常識として、普通のスピーカーシステムは1年ほど鳴らしこんだあたりでピークに達し、それが5年ほどは続き、後はゆっくりと落ちていく。ということになっている。コーンやエッジの素材、箱の大きさや素材、形式によってもちがう。一般に、大きくて重いコーンほど成熟に時間がかかり、箱も大きくて複雑なほど時間がかかる。スーパースワンは、ユニットは軽くて小さいけれど、箱は大きくて、構造はきわめて複雑だから、最低限、変な音がしなくなるだけでも半年くらいはかかった。

で、オーディオベーシックを買ってきた。炭山アキラ氏という、長岡鉄男師亡き後の自作スピーカーの屋台骨を、なんとか背負って立とうとしている評論家の記事で、件の限定ユニットFOSTEX MG100HR-Sを使ったバックロードホーンを設計していた。

この限定ユニット、FE系でないというのがミソである。コーンにマグネシウムを使う。moが大きくて、スペックはどうもバスレフ用のように見えるのだが、バックロード専用だという。いい音だと書いてあったが、もうひとつ、スーパースワンの後継ユニットとしてはピンとこなかった。

わがFE-108Sのスーパースワンの音は、一言でいうと、野武士系である。音色は飾りがなくてそっけないけれど、ひとたび大信号が入れば、悠々として応え、信号が消えれば朝の湖のように静かになる。

つまり、今そこで握り飯を食っていた男が、何気なく刀を持って立ち上がり、どこかの藪だか路地だかへ消えていき、壮絶な仕事をして帰ってきて、顔色ひとつ変えずに、また握り飯を食い始めるというような、「七人の侍」の宮本精二のごときスピーカーなのだ。色気はないけれど、スピーカーの馬力、駆動力は巨大である。そして、その形状からくる音場感は比類ないものがある。

もっとも長岡スピーカーの中では、これでさえ、中庸といえるような部類に入るのだが、長岡鉄男がめざした、そもそもの基準が世間並みではないので、長岡ファンは多少のことでは驚かない体質になっている。何しろ「中域はマシンガンのごとく、低域はバルカン砲のごとく、あたりをなぎ倒していくサウンド」(「モア」の試聴記より)の世界なのだ。

などという論評を、鵜呑みにしてしまってはいけない。何しろワタシは、この15年というもの市販スピーカーの音を聴いたことがないのだ。この間、自宅で聴いてきたスピーカーというのは、すべて自作の、それもフォステクスのユニットを使った長岡スピーカーだけである。別にフォステクスの信者でも長岡教徒でもない。たまたま、そういうことになってしまった。スーパースワンのパフォーマンスを総合的に越えるものに出会わなかったともいえる。

そもそも、ということをいってしまえば、今のワタシは音楽ファンでもなければ、オーディオファンでもない。ある年の夏、鮎釣りに行きすぎて、著しく体力を消耗したのが原因で、わが耳の能力が悲しいことになってしまって以来、ピュアオーディオの夢は露と消えてしまった。今、ワタシの左耳は高音がほとんど聞こえないので、ステレオイメージもへったくれもないのである。

また、長岡師が世を去ったことで、オーディオ雑誌からも遠ざかってしまった。音楽についても、昔の盤を時々、サケの肴にするくらいのことで、もはや音楽を聴くことについて、新しい発見や愉悦や追求があるのかどうだか、心もとない。語るべきものが、わが内にオリのようにたまってはいるらしき気配はあるのだけれど。

ただ、それでも。わずかながら、石のようになってしまったわがオーディオ心に(それは半分、物欲であるけれど)、灯をともしてくれそうなものが、件の雑誌に載っていた。と、字で書いてしまえば、たちまち、消え入りそうな淡い感情ではあるにしても、ちょっと欲しいなと思うスピーカーがあった。YAMAHA のSOAVOという。

音などは聴いたことがない。そのたたずまいが、ちょっといいなと思ったのと、YAMAHAの久々のピュアオーディオ商品であること。ただ、それだけのことに、この変な名前のスピーカーがインプットされた。何十年のオーディオ心というのは、このように他愛ないものなのだ。

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