2009年9月18日

スターウォーズ1~6

なぜか先週は、わが家的スターウォーズ週間だった。わが家といっても、観たのは自分一人だが。

エピソードなんとか、となってから、どうも何がなんだかわからなくなっていたのだが、70年代の三部作がエピソード4・5・6であり、2000年代になって作られた新三部作が1・2・3となることがわかった。

スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス
スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐
スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望
スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲
スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還

となる。

内容としては、われわれが最初に観た4~6は、銀河帝国と戦う反乱軍のお話で、ルーク・スカイウォーカーやハン・ソロが主人公となる。新しく作られた1~3は、ルークの父であるアナキン・スカイウォーカーが、いかにしてダース・ベイダーとなったか。また、銀河共和国がいかにして銀河帝国になったか、という物語である。

したがって、脳天気で明るい旧三部作に比べて、新三部作はいかにも暗く重たい。1はそうでもないのだが、2と3は、アナキンの嫉妬、不満、不平の表情や言葉が観ていてつらい。なんとなく楽しい気分になりたいから、スターウォーズでもみるか。というような方には、あまりおすすめできない。といっていいと思う。少なくとも、今、子供に見せたくはない。アメリカでは3はRG13指定のようだ。

まあ、人がどのようにして墜ちていくのか、といったあたりを学ぶには(世間にはいくらでもある話ではあるが、だからこそ映画でまで観たくはないということはあるにしても)...。アクション映画としての仕掛けや、スケールの大きさは、さすがに70年代とは比較にならないので、最新映画の技術を楽しむにはいいと思う。あと、もちろん、スターウォーズの世界観のファンなら、見逃すわけにはいかない映画ではある。

それにしても、とあらためて思うのは、シリーズにおけるハン・ソロ(ハリソン・フォード)の存在の大きさだった。彼がいる旧三部作と、彼がいない新三部作では、画面の雰囲気からしてちがう。西部劇のヒーローのように、彼がそこにいるだけで、さほど悪いことは起こりそうにない安心感と、圧倒的な明るさがみちてくる。あの、一瞬笑って横を向くそぶりなど、良いなあと思う。

人はどのようにして墜ちていくのか。その理由は、主に人間らしい・人間臭い感情による。恐怖・怒り・嫉妬・ひがみ・不平・不満・言い訳・逆恨み...、これらは誰の内にもあることを否定できないのだが、そこをどうやって乗り越えていくのかってことなんだろう。シス側の立場からいえば、乗り越える必要はない。むしろ解放して新しい力を得よってことなのかもしれないが。つまるところ、ジェダイとシスの戦いというのは、この二つの考え方の戦いでもある。

旧三部作を観ていた時点では、「Dark side of the FORCE」というのは、ジェダイという選ばれし者たちの特殊な問題かと思っていたのだが、新三部作で、これは普通のヒトの日常に、見えない暗い口をあけているものであることがわかった。見えない穴ではあるが、たいていの人はそこが近づくと回避することができる。怖いのは、墜ちた人にはそこが穴であることがわからないということだ。アナキンも同様だった。彼に対する師・オビ=ワン・ケノビの失望と悲しみは、また多くの人が共有してきたことでもあっただろう。

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