映画>どついたるねん
『どついたるねん』(阪本順治監督/1989)。
浪速のロッキー、赤井英和が後に日本ミドル級王者となる大和田正春との試合で脳挫傷を負い、病院に担ぎ込まれた時のことは、よく覚えている。
デビュー以来12連続KO勝ちを重ねて、大阪では圧倒的な人気。誰もが、いずれ赤井は世界王者になると思っていた。大和田との試合は、その前哨戦といった位置づけであり、この試合をいい内容で勝って世界戦にはずみをつけるはずのものだった。
試合の結果は、アクシデントというには、おそらく当らないのだろう。何しろウェルター級のトップ同士の試合であり、ひとつ間違えばいつでも番狂わせは起こりうる。それでも、あの人気者が、試合を終えた時点で生存率20パーセントという状況に追い込まれたことは、九州にいるぼくにも衝撃ではあった。1985年2月のことだったらしい。
映画の冒頭は、その試合シーンで始まる。対戦するイーグル友田役は大和田本人だ。そして、同じようにKOされ、同じように致命的な怪我を負い、手術を受ける。
当然、引退となり、自分でジムを開くが失敗。リングへの思い断ちがたくカムバックをめざすというのが、この映画が提供してくれたひとつの夢だ。ふたたび、リングで躍動する赤井の姿を見ることができた。
その相手となる4回戦ボーイ清田は、当時の日本ミドル級王者・大和武士。映画ではデビューしたての、気の弱いアマチュア上がりのホープという描かれ方をしていて、実際、風貌は優男風ではあるけれど、この大和にしても岡山の少年院時代に沢木耕太郎の「一瞬の夏」を読んで、ボクサーになるために上京したような男。リングというのは、いずれ、普通のニンゲンが上がるところではないのだ。
ちなみに大和田正春の赤井戦前の戦績は17戦8勝8敗1分。8勝のうち7つがKO勝ちで、8敗のうち6つがKO負けと、この人がリングに立つと、ほぼ確実にどっちかが倒れて終わるというタイプ。のちに和製ハグラーと呼ばれたりもするのだけど、破壊的な強打とガラスのあごの両方を持つという意味で、むしろトマス・ハーンズのようなボクサーではなかったかと思う。最後は、清田の大和戦で網膜剥離を起こして引退。
試合シーンは、さすがに演出はあるものの、雰囲気としては『ロッキー』などよりはるかにリアルでそれらしい。ぼくは『ロッキー』という映画があまり好きではない。ヒロイックなサクセスストーリーはいいとして、一番大事なボクサーそのものを描いていないもの。
その意味では、この作品は初めてまともにボクサーを撮った映画といえるのかもしれない。何しろ全員、本物だ。しかも皆、一流ではあるけれど、超一流というわけではない。おそらく、ボクシングだけでは生活が成り立つか成り立たないかというところだったはずで、その「普通のプロボクサー」の現実と肉体から醸されるリアリティがある。
作中の赤井は、ちょうど『じゃんりこチエ』のテツのような人物に描かれる。身内、他人かまわず、どつきまくり、わめき散らし、どうしようもなく自己中心的で、他人への思いやりなどかけらもないのだが、憎めない。愛されてすらいる。関西弁のもつ、言葉の「のりしろ」のようなゆとりが、過激な言動を救っているところもあるのだろう。
阪本順治は、この作品が監督デビュー作。赤井英和もそれまでほぼ実績はなく、主演デビュー作。超低予算映画で、完成はしたものの、なかなか劇場公開もできなかったらしいけれど、今でも傑作のひとつとして語り継がれる映画になった。
その理由は、やはり赤井本人の魅力と、本物の一流ボクサーがしばきあう、迫力にあると思う。サンドバッグを打つ迫力からして、役者では出せない。コーチ役の原田芳雄にも驚かされた。
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