2008年5月 1日

フルハイビジョン化について

1年ほど前だったか、もう少し前だったか、次世代DVDの規格競争はブルーレイの勝ち、と書いたと思う。理由はネーミングにつきる。HD-DVD(High-Definition DVD)は、ただ規格をそのまま呼び名にしただけで、何の工夫もなかった。大体、発音しにくい。

人口に膾炙ということがあるけれど、あらゆるモノや現象は、口にした時に気持ちのいいものが流通していくようにできている。ブルーレイ blue-ray は、ただ青い光というだけのことで、そんなに工夫があるわけでもなかったけれど、HD-DVDなどというロボットのような呼び名よりはずっとましだった。

実際の勝因も、結局はここに帰してしまったのではないかと思う。HD-DVDも読み取り光は青いので、こちらもブルーレイを名乗る資格はあったのだけれど、お気の毒なことだった。おそらく、世間の大多数の人は(アメリカの映画配給会社の重役も含めて)、双方の規格がどのようにちがうのか、どんなメリットとデメリットがあるのかという議論に踏み込む前に、それにしてもHD-DVDかよという感じは受けていたと思う。

イナズマでもレッド・オクトーバーでもサンダーストームでもなんでもいいから、愛称を考えておくことはできなかったのだろうか。このあたりが、つまり職人みたいにモノヅクリばかり考えて、ユーザーの方を向いてないじゃんという印象を与える結果になったとはいえないだろうか。

今にして思うと、ソニーはPS3もそうだけど、ブルーレイをひとつのパッケージとして、アプリケーションとの関連の中で考え、アピールしていたのに、東芝陣営は単に規格のアピールにとどまっていたのかもしれない。東芝はどこまでも規格戦争のつもりだったのに、ソニーは規格を超えた流通と展開の戦争を仕掛けていたのだとすれば、ネーミングについての意識の差も納得できる。

東芝がHD-DVDからの撤退で被った損失は1085億円だそうだけど、これはもしかするとネーミングに起因する機会損失の史上最高額として記憶されるのかもしれない。名前はおろそかにしてはいけない。だから、コピーライターはもっと大事にしなくてはならない。

まあそんなわけで、次世代DVD競争は決着して、これからレンタルも含めて普及は加速していく。価格も現在のDVDと同じレベルにまですぐに落ち着いていくし、それはプレーヤーも同様だ。

で、ソフトとプレーヤーはそれでいいとして、問題はナニでそれを観るかということになってくる。まあ、テレビとプロジェクターであって、テレビの方はフルハイビジョンが事実上の標準になりつつあるから、これもほぼ決着した。

ところが、もっともその恩恵を受けるはずのプロジェクターの方が、もうひとつ盛り上がってこない。1年ほど前から、フルハイビジョン機(1920×1080)が普及価格帯まで降りてきて、今、大体20万円から30万円くらいで買える。これはまったく夢のような話なのだけど、その下の1280×720ならば本来、10万円を切る価格で出せなくてはならない。というのがユーザーサイドの感覚だろう。

しかし、そのクラスの商品が主力ラインから後退している。エプソンでいえば、ぼくが持っているTW600の後継であるTW700(2006年10月発売)が、まだ現行機で売っていて、価格コムの最安値で14万円もする。同じく三洋のLP-Z5(2006年10月発売)が149000円、パナソニックのTH-AX200 (2007年10月発売)が148000円。これはどう考えても割高だ。水準としては2005年10月頃の時点と同等である。

すぐにフルハイビジョンが標準になるという読みから、今さら1280X720機で勝負することはないということなのかもしれないけれど、今、このタイミングで10万円の高性能機があれば、プロジェクターそのものの普及には貢献するはずなのに、惜しいことだと思う。しばらくは、フルが25万円、非フルが10万円(すでに新しい技術はいらないのだから、これでいけると思うが)という流れを作れないものか。10万円なら、絶対に人に勧めることができる。

映画のソフトといっても、フルハイビジョンの恩恵を受けられるのは、今のところ限られているし、ちょっと古い映画であれば、もともとの画質がしれているということもある。それに、これはかつて長岡鉄男が看破したことだけれど、ホームシアターにおける映画鑑賞は、画質100、音質100、内容100の配分として、実際に人間が受容できるのは、やっぱり100くらいではないのかということがある。つまり、すべてをマックスに持っていっても、人間の感性の容量を超えているのではないかということ。

ぼくもそう思う。画質はそこそこであっても、必ずしもフルハイビジョンでなくても、他の要素が良ければ、いやそれ以前に、自室で100インチの画面で観るということそのものが、テレビとは異次元の経験であって、画面が大きいことは、画素数などを圧倒的に上回る要素になる。単純に、物理的に、大きければ大きいほどよい。

だもので、フルハイビジョンプロジェクターがここまで安くなり、ブルーレイの普及が加速していく今の状況にあっても、買い換えようという気持ちはなかなか起こらない。たぶん、その気になるまで2年くらいかかるかな。となると5年近く使うことになるわけで、これはわれながら意外な展開だった。これはHDMI接続が大きい。ケーブル一本で明らかに画質が向上した。まあ、それでも格子が見えるのフォーカスが甘いのといった不満はあるのだが、絵が走り出してしまえば引き込まれてしまうだけのクオリティはある。

これはおそらく、多くの人がそうだろうから、今のメーカーの戦略だと、この先プロジェクター市場は少し行き詰まるかもしれない。つまりメーカーが主力と考えているフルハイビジョン機は、入り口としては高すぎるので買い手がいない。非フル機もフル機との価格差が小さいので、たとえば軽自動車的な魅力がない。現在、非フル機をもつ人の買替需要も、ぼくと同じ理由でおそらくそんなに進まない。ブルーレイが完全に現行DVDに置き換わるまでの間、プロジェクターの入り口としての非フル機を大事にしてほしいと思う。

ただし、一般的にいうと、現行でもフルハイビジョン機は相当なコストパフォーマンスであって、このクラスがこれ以上、すぐに安くなることは考えにくい。特に、ソニーのVPL-VW60は、一般的な透過型よりも一ランク上の映りをみせる反射型デバイスを採用。現在、35万円くらいだが昨年までこの2倍くらいしていたので、圧倒的なバーゲンプライスである。

ただ、売れて売れて仕方ないという価格ではない。多くの人は(ぼくもそうだが)、この頃薄型テレビをはりこんだばかりなのだから。

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