2009年9月24日

妄伝・パイプの始め方(1)

見知らぬ人に、最初の一本を無理やり押しつけてみる

釣り師はパイプたばこを嗜む人が多い。のかどうか知らないけれど、私の周りには多い。特に釣りフォーラム関係者には多い。テイク・イッツ・イージーという葉があるけれど、これなどは缶のデザインに二人の釣り師が描いてあったりする。

ただし、狭き門ではある。門戸そのものはどこまでも広く開かれているのだが、ほんとうの初手に、何をどうすれば良いかというのは、身近に誰か先達がいないと見当もつかないし、とりあえずパイプを買ってみたものの、舌ばかり焼けてうまくもなんともなく、すぐにやめてしまう人もいる。

私自身にしたところで、いまだ初手の中にいる身分にはちがいないので、人様に何か申し上げるようなものでもないのだけれど、人に語ることで自分の考えにまとめがつくということはある。だから、主に自分自身のために、仮にこれからパイプを始めようという人が目の前にいるとしたら、何を語るだろうかということを、書いてみようと思う。

こういうひまなことは、パイプでも喫っていないことには思いつかない。何しろ火をつけたら最後、1時間はじっと息をすることに集中しているのだから、いろんな思念や妄想も湧いてくるのだ。

さて、パイプを始めるにあたって、まずはパイプを買わなくてはならないのだが、最初の一本は何を買ったらよいか。あなたが、パイプをたばこをうまく喫うための道具であると考える人ならば(たいていはそうなのだが、例外もある)、これには明快な答えがある。なるべく大ぶりの、ストレートタイプ。火皿の直径は20ミリほどはほしい。そして全体に、でかければでかいほどよい。

理由は、たばこがおいしいから。乃至は、おいしく喫える可能性が高いから、ということになる。たばこの煙は、なるべく乾いて、冷えた状態で唇に届いてほしい。そうすることで、甘みや香りなど、その葉本来の味わいが生きてくる。パイプがでかいということは、それだけ煙が長い時間、空気に冷やされ、木質に湿気を吸われる。また、火皿が大きいと、たくさんの葉を詰めることができるので、葉や灰そのものがラジエーターにもなる。

小さなパイプは、見た目、手軽そうで初心者向きのように思う人もいるだろうけれど、小さなパイプでおいしいたばこを味わうには技術がいる。そういうパイプを作るのにも、技術がいる。原則、パイプは大きければ大きいほど、煙が冷えてたばこがうまいのだ。最初の一本は、どうしてもおいしい味を知ってもらわなくては困るので、でかいのがいいということになる。

ストレートタイプは、たとえばビリヤードのように軸が真っ直ぐなもので、掃除がしやすいし(味にも非常に重要)、作り手側からみると、工作に間違いが起こりにくいということがある。パイプといえばベント(軸が曲がったタイプ)の印象が強いのだけれど、とりあえず最初の一本ならばストレート。趣味の世界だから、正解というものはどこにもないこと、それぞれが好き勝手にやればよいものであることを踏まえた上で、あえていう。ストレートである。

でかいストレート。さあ、コトは決まった。いつか、パイプ屋の店先で「一本、買ってみるか」という気持ちになった時に、これを思い出してもらえれば幸いである。あなたのパイプライフに幸多からんことを。さようなら、バイバイよ。

といっても、近頃のヒトはこのくらいでは納得してくれない。もっと具体的に話してくれないと困るではないか、という話になったりする。誰も困らないし、ワタシも困らないのだが、まあ、それから先のことを書いてみる。

最初の一本を買うにあたって、真面目なあなたはネットやらカタログやらで情報を集めたりもするのだろうけれど、まず、ツゲのカタログに載っているような知識は、全部捨てておいた方がよい。つまり、木目がバーズアイであるとか、グレインであるとか、価値がどうとか、そういうことはとりあえず忘れておきたい。

むしろ、比較的安価な材料を用いることが多い、サンドブラストをおすすめしたいくらいなのだ。いや、この際、積極的にサンドブラストをおすすめする。真っ黒で、木目もへったくれもなくて、ただ表面がぎざぎざ、がさがさしているパイプ。ブライヤーに砂を噴射して、木質の柔らかいところを飛ばしてしまう加工でこうなるのだが、表面積が大きくなることでボウルが熱くなりにくいという効果が(原理的には)あるはずなのだ。

それに、サンドブラストを買ってしまえば、自分のパイプの木目がどうだとか、こうだとかいう、たばこを喫うことについて、無関係でどうでもよいことにとらわれることがなくなる。最初の一本は、とにかく道具として成立しなくてはならないので、このくらいの潔さはあってもよい。しかも、サンドブラストは安いのだ。ちなみに、ツゲがたばこのテイスティングに使う基準パイプというのがあって、これもサンドブラストのストレートである。

でかいストレート。サンドブラスト(もちろんスムーズでもラスティックでも、なんでもよい)。あとはメーカーと価格帯のことですね、はい。値段は8000円以上、20000円以下。この価格帯が、一番モノの数も多く、コストパフォーマンスにも優れている。20000円より高くてもかまわないが、8000円より安いのは、例外はあるにしても、おすすめできない。せいぜい妥協しても6000円で、それ以下はない。5750円もない。

最初の一本だから、もっと安いのでいいのでは。という人が必ずいるので、メーカーもそういうものを用意してはいるのだが、想像してみてほしい。パイプの技術が未熟な人が、ボリュームゾーンよりも安い価格帯のパイプで、うまくたばこを味わうには、どのくらいの幸運が必要なのか。

パイプを喫うというのは、非常にデリケートな作業である。そのデリケートな作業を無意識のうちにやれるようになることが、つまりパイプ喫みになるということなのだから、始めから見込みのないパイプを使うべきではない。目にふれさせてもいけない。意識の片隅に置くこともユルされない。

安定して高い値段のついているメーカーのパイプは、見た目や仕上げと同時に、喫味も良いものである。というか、そうでなくては相場はもたない。典型的な例がダンヒルで、あれを見て1本8万も10万もするとは、とても思えないような貧相さなのだが、葉を詰めてみると仕方ないなと思える。

初心者だから、どうせちがいもわからないし、安物で十分。というのは、あらゆるジャンルでよく聞く言葉だが、そうですねと申し上げるしかない。モノゴトをそういう風に考えるクセがついている人は、確かにいる。そしてたいていの場合、事実は逆なのだ。安いギターで覚えた人は、すぐにやめてしまうのと一緒だ。ええもんを使いなさい、というのではない。最初は、普通のもんを使うのがいいですよ。ということである。

でかいストレート。サンドブラスト。8000円~20000円。さて、メーカーだが、まあ、なんでもいいのである。ここまできたら、もうたいてい、どれを買ってもOKだから、以下は読みとばしてもかまわない。それでも、何か例を挙げろというなら、スタンウェルをおすすめしておく。デンマークのメーカーである。

パイプの世界でデンマークといえば、パスタの世界でイタリアというくらいに、あるいは麻婆豆腐の世界で中国というくらいに、超大国である。名の通った達人といわれる作家をゴマンと輩出し、古典的なシェイプにとらわれない自由な造形で、質の良い、たばこのうまいパイプを作ってきた。ほかには、イタリア、フランス、アメリカ、イギリスあたりがパイプの大国なのだが、デンマークの場合は、国自体が小さいのに、パイプの世界の存在感は非常に大きいのが特異なところである。

スタンウェルは、基本的にマシンメードの大量生産メーカーなのだが、名人・達人たちをスタッフに抱え、彼らのシェイプを学び、助言を受けて、安くてちゃんとしたパイプを作っている。それに、営業がしっかりしているから、日本でも、どんな田舎であっても、パイプ屋と名がつけばスタンウェルは買うことができる。

ここまで書けば、もうよろしいですか。具体的な商品名まで書かないと、いけないですか。わかりました、スタンウェルのルリーフなんかいかがでしょう。今、12000円くらいで、見た目も塗装も立派ではないけれど(塗装はひどい、といった方がいい。私のサンドブラストは塗料落ちで指が黒くなったりした)、たばこの味については裏切らない。はずである。一緒に、モールクリーナーとタンパーもお忘れなく。

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