2009年8月 5日

E46への道

E46というのはBMW3シリーズの4代目、1998年から2005年の間に作られた、欧州車の分類でいうとDセグメントに属するクルマである。

ぼくらの世代でBMWというと、70年代に「羊の皮をかぶった狼」なんて呼ばれた2002ターボを思うわけだけれど、3シリーズはこの02シリーズとは直接の関係はないものの、車格的には後継の位置づけで、初代E21(1975~1983)、二代目のE30(1983~1994)、三代目のE36(1990~1998)ときて、E46を経て、現在は五代目のE90(2005~)が販売されている。

日本のクルマのように、ヴィッツとかクラウンとか、車種ごとに名前がついていないので、3シリーズはもう35年間も3シリーズのままであり、モデルチェンジを繰り返すごとにコードネームで呼ぶしかない。だから、E46という呼び名は、それ以外に呼び方はなくて、同様に5シリーズの場合は、年代ごとにE12、E28、E34、E39、E60などと呼ぶことになる。

モデルチェンジのサイクルが8年くらいと、一般的な日本車の二倍以上あり、ひとつの時代とリンクしやすいため、たとえば、E30に乗ってたんだというと、ああ、景気が良かった頃だなあ。六本木カローラとかいってた時代だよなあとイメージできたりもする。

若い頃から、BMWというクルマをそんなに意識してきたわけではなかった。20代の頃、たまたますれちがった、あれはたぶんE30のワゴンだけど、そのガンメタみたいな地味な色合いの、妙に角張った印象のクルマが、のんびりと走ってくるのを見て、「ああ、珍しいな。BMWのワゴンなんてあるんだ。いいクルマなんだろうなあ」と素朴に思ったことだけを覚えている。

その後も、BMWとは何の関わりもなく生きてきたのだが、2003年のある日、鹿児島で真っ白なボディのE46を見た時に、なにかの衝撃が走った。クルマのデザインとして、あんなに美しいシルエットがあるのかという、まさに見た目100パーセントの一目ぼれ。まあ、一目ぼれというのはたいがい見た目100パーセントなのだろうと思うが、言葉では説明がつかないツボへのはまり方をした。

家に帰って「BMW、いいな。あれはいいな」とオクサンに話すと、「はあ」という返事。何しろ当時、家を建てたばかりですっかんぴんであり、年金はおろか保険料を払うのもやっとこという状態であって、いくら男は夢を見よといっても、ちとリアクションに困ったことと思う。

今、歴代の3シリーズの写真を眺めてみても、やはりE46のデザインが最高と思う。E30が一番とがってて、硬派で格好いいとも思うのだが、E46はその完成度、艶っぽさ、賢そうな顔、特にワゴンのリアに流れるラインなんてのは、なんともいえない品があるのだ。

翌年、まだ夢がさめないでいたおれは、オクサンを連れてディーラーへ行く。ガイシャのディーラーというのが、あんなに気恥ずかしいものであるとは知らなかったのだが、気恥ずかしくても、そこにしか売ってないのだから仕方ない。すっかんぴんの身の上ながら、涙ぐましくも可能な限りオウヨウに振る舞い、夢のE46を試乗してみた。

黒くて無愛想だけど、よく考えられたメーター回りのレイアウト、ハンドリングの質感、エンジンのなめらかさ、踏み込むとバイクのようにタコメーターが上下する反応の良さ、どこにも飾りがないのに、それまで乗ったクルマとは比較にならない質感の高さ。ここで、いわゆる高級であることと、上質であることは、別の次元の話であることを知った。そして、上質をめざすということは、誠意とか情熱などといったココロの問題であることまで、わかってしまった。

つまり、一目ぼれから、さらに深く惚れ込んでしまったわけなのだった。

もらって帰ったBMWのカレンダーの、ある月に載っていたE46はすでに後期型の吊り目になっていた。その銀色のE46セダンの写真を寝室の壁に貼り、飽くことなく眺めていた。こんなに、即物的に憧れの対象となる写真を壁に貼るというのは、わが生涯で初めてのことであり、高校時代、友だちが山口百恵だのアグネス・ラムだの、バリー・シーンだののポスターを貼っていた頃、おれの部屋に貼ってあったのは、ピラミッドとアントニオ・ロッカとバーンスタインだった。

そのE46のポスターが、おれの夢をつなぎ、さらにしつこくオクサンを連れてディーラーに通う。試乗車に乗って、椰子の植えられた青島バイパスを通り、サンマリンスタジアムまで走るのがお決まりのコースで、そのたびに、隣に座るオクサンに「どうや、これ」「いいなあ、これ」などと声をかけるわけである。依然として経済は回復しない。

足かけ3年にもわたって試乗に通いながら、なかなか買わないワタシらは、ディーラーにとっても非常に微妙な存在であったことと思うのだが、そんなことでめげるおれではない。ついに担当の営業が退社しても、イベントがあるたびに出かけていった。

やがて、あれほど敷居が高く、気恥ずかしいものであったディーラーの雰囲気が、通いつけのラーメン屋のように普通になり、しつこく育ててきた夢は、確信に変わる。もうこげんなったら、先がどげんなってんかまわんけん、買うちゃるばい。と、なぜか久留米弁で心を決めたところで、E46はモデルチェンジをしてE90になってしまったのだった。

E46の後継であるE90には、まったく心が動かなかった。この時点で、中古のE46を買うことに道は決まり、400万円~の予算は一気に200万円~まで下がることになる。「それにだな」とオクサンにいう。「モデルチェンジでお金持ちがE90に買い替えるだろうから、E46の出物が増えるばい。チャンスが来たようですばい。にひひひひ」などと、おれは気持ち悪く笑ったりしたのだった。

それから、さらに1年かけて中古車を探しているうちに、318iツーリングの白か銀、できれば高年式のハイラインというイメージにぴったりのクルマが大阪のディーラーで見つかる。こういう売れ筋のクルマはディーラー間取引もむずかしいらしいのだが、無理をいって取り寄せてもらった。

そして2007年2月、めでたくわが家にE46がやってきた。このクルマの出来がどうのこうのというのは、今となってはどうでもよくて、もともと見た目で選んでいるのだから、語るほどのこともないのだが、小さな夢であったにしても、それがかなっていく過程は、なかなか味わい深いものだった。

夢は、一度かなえると癖になるという。たしかにそうだと思う。

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コメント

こんなエントリーを見ちゃうと、コメントしないわけにはいかないですね。(^^)

実は、私もパサートワゴンを購入直前までいっときながら、このE46に
一目惚れしてその場でサインしました。^^; 営業マン曰く、あまり試乗
したその日に契約となった客は少ないそうです。^^;

JUNさんも仰ってたように、4気筒の吹け上がりの良さと、BMWらしい
コーナーリング中にフッと遠心力に逆らうように外脚を押してくれるような
安定感は、8年ほど経過した今でもまだ惚れ惚れします。

モデルチェンジ後、確かに旧モデルにはなったけども、手入れしてある
E46はE90よりも数段恰好イイです。車格は全く違うけれども、M3も
同じ事が言えますよね。E90よりはE46のM3の方が恰好いいと思うのは欲目・・かな。^^;

そうそう、4気筒の唯一の欠点と思えるのは、エンジン音・・・かな。
ディーゼルのようはカリカリという安っぽい音がとてもイヤだったので
スパスプ(スーパースプリント)のマフラーを入れたことでかなり渋くは
なりました。ついでに定番の「イカリング」はCCFL管仕様の蛍光灯
っぽい白いイカリング仕様にしております。

そのうち、私もブログでエントリーしてみます。(^^)

サルモサラーさん

最近のパサートワゴンは、信じられないようなお買い得車ですね。あの仕様であの価格というのは。

BMWのコーナーリングで最初に気づいたのは、このくらいかな、とアクセルを塩梅してコーナーに入っていくと、途中で足りなくなるのですね。曲がりながらアクセルを踏み増して、加速する感じ。変なクルマだと、あぶねー、といいながら、コーナーの途中でアクセルをゆるめたりしますが、それはまた余計あぶない^^;。

駆け抜ける歓びというのは、なるほど、いいコピーだなと思います。

4気筒のエンジン音、走り出してしまえば、きわめて静かでスムーズなのですが、アイドリングはほんとにディーゼルですね^^;。まあ、止っている間だけのことなので、がまんしております。

機会があれば、トラヴィックにも乗ってみてください。ミニバンですから、質感はE46と比較できませんが、長距離でも疲れず、コーナーもスムーズに曲がり、鬼のように安定した、昔のメルセデスみたいないいクルマです。

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